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バッタンバンを中心としたカンボジア北西部の情報ブログ-大学教育、地雷、農業、開発、投資に関する話題から ホテル、レストラン情報まで

 

書籍 「宴のあとの経済学」

宴のあとの経済学 (ちくま学芸文庫)宴のあとの経済学 (ちくま学芸文庫)
(2011/09/07)
エルンスト・フリードリヒ シューマッハー

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「スモール・イズ・ビューティフル」で知られるE.F.シューマッハーの著作。
題名に経済学と付いてはいるが、
「わら一本の革命」にも通ずる近代批評、実践のための思想と言っていいものだ。

「わら一本の革命」と同じ70年代(本書の日本語訳は80年が初版)に書かれているというのもおもしろい。
東洋哲学、キリスト教という全く別の背景から、
近代に対するアンチテーゼが導き出される点もまたおもしろい。
(いずれ書こうと思っている「禅とオートバイ修理技術」も70年代であった。)

本書では、
限りある石油という資源を前提とした社会成長に対する懐疑から始まり、
それによって発展してきた現代農業、巨大都市にもその眼が向けられる。
資源は枯渇し、食は崩れ、人の心は荒むと。
今後はそうした石油ありきの時代(宴)から、
新たなテクノロジーの時代に移行していくべきというのが著者の主張である。

新エネルギーの話という訳でもない。
生産性、合理性を求めるは現代産業社会において
省力装置として機能してきたのがこれまでのテクノロジーであり、
そうした大きく、より早くというものから、
人間の身の丈にあった適性なテクノロジーへ向かっていこうという主張だ。

本書の議論のおもしろいところはまさにここだろう。
生産性、合理性を求める社会の在り方を変えるのではなく、
テクノロジーの在り方を変えるというのだ。

「問題はテクノロジーではなくて「システム」である、とは今なお言われることである。たしかに、ある特殊な「システム」があって、そこから今のテクノロジーが生まれたのだろうが、しかし現代のシステムそのものがテクノロジーの産物であり、しかも必然的な産物であることも、まぎれもない事実である。一見して異なる「システム」をもっているようにみえるいくつかの社会を比べてみると、同じテクノロジーを使っている社会なら、非常に似通った行動を示し、それが日を追って同じようになるものだ。オフィスや工場での仕事が無味乾燥なことは、どんなシステムのもとでも同じである。」(P.61)

「システム」という言葉には、
イデオロギーや、政治体制、経済体制といった言葉が当てはまろう。
まとめれば、
よりよいシステムを作るには、
よりよいテクノロジーが必要だということになる。

シューマッハ―はこうしたテクノロジーのことを「中間テクノロジー」と呼ぶ。
巨大な企業、組織の利に適うようなものではなく、
「小国の国民にも高い生産性を与え、その人々をある程度まで自立させるような」もので(P.62)、
適性テクノロジーという言葉も使われている。

実例がそれほど多く紹介されている訳ではないが、
ミニトラクターや
都市部の大きな作物加工工場に代わる
生産地に近い場所での小規模工場といったものこれに当たる。

テクノロジーもシステムも結局は人が幸せになれるものでなければならない。
そうした新たな時代に向けての実践という意味が、
英文の原著のタイトル「GOOD WORK」には込められている。

本書後半では、実践を後押しし、可能にしていくための
教育の在り方についても議論が展開される。

シューマッハーがこの本を書いた頃から今まで、
世界の流れは大きくは変わっていないと言っていいであろう。
これからはバイオ、ソーラー、シェールなどと言われながらも、
やはりいまだに宴の延長である。

「中間テクノロジー」的な実践も日本など「先進国」では増えてきているのも事実だろうし、
3.11以降あらためてこうした思想が脚光を浴びつつあるようにも思われるが
(本書文庫版の出版は2011年9月)、
著者が貧しい国でこその実践を強調していたことを考えれば、
「途上国」が「先進国」のテクノロジーもシステムも真似てしまった現状において、
我々が考えなければならないことは少なくないはずだ。

個人的な課題は、
「小国」であるカンボジアでどんな実践がありうるかという点である。

最後に本書冒頭に出てくる部分を引用しておく。
ついつい唸ってしまったパラグラフだ。

「もしもだれかが、人間の所業によって数百万という鳥やアザラシ、あるいはアフリカの動物保護区の野生動物たちの活動力が損なわれ、その頭脳が蝕まれていると主張しようものなら、きっとその反論が起こるか、さもなければ重大な問題提起として受け入れられるだろう。あるいは数百万にのぼる労働者の心や頭脳ではなく、その肉体が蝕まれているという説を唱えれば、それなりに大きな関心を集めたことだろう。・・・およそ経営者の地位にありながら、従業員の健康を損なう事故防止や物理的環境の改善への義務を意識せぬ者はいないのに、労働者の心や精神となると、どうも別問題になるのだ。」(P.10)
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Author:バッタンバン長
カンボジア王国バッタンバン在住、バッタンバン長です。
バッタンバンを中心に、開発援助業務、大学講師、社会調査、日系企業進出・投資のお手伝い等をやっております。
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