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バッタンバンで晴読雨耕

バッタンバンを中心としたカンボジア北西部の情報ブログ-大学教育、地雷、農業、開発、投資に関する話題から ホテル、レストラン情報まで

 

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書籍 「西欧近代を問い直す」

1942年、京都において、小林秀雄ら13名の哲学者や批評家、文学者によって、
「文化綜合会議シンポジウム-近代の超克」という名の座談会が開かれた。

廣松渉は著書「<近代の超克>論」の中で、
座談会当時の課題意識の水準を推し測るものとして、
参加者鈴木成高の発言を引用している。

「・・・政治においてはデモクラシーの超克であり、経済においては資本主義の超克であり、
思想においては自由主義の超克を意味する。」
「日本の場合においては、近代の超克という課題は
同時に欧州の世界支配の超克といふ特殊の課題と重複することによつて
問題は一段と複雑性の度を加へる。」(廣松、P. 18)

当時の知識人にとって、
アメリカとの開戦は国益の争いや侵略国家同士の衝突といったものだけでなく、
近代への挑戦という位置付けもなされていたのである。

しかしながら、この座談会は、
「・・・単にまとまりが悪いというだけでなく、内容的にみても余り実のあるものとは評価できない」(廣松、P. 24)
結果に終わったという。

近代への疑義はその後も様々な論者により展開されて来ているが、
1940年代の論客たちが手に負えなかったように、
それを超えるような思想や社会制度は生まれていない。
近代が当たり前となってしまった我々にとって、
それを乗り越えるどころか、
冷静に捉えることすら決して楽な作業ではないのだ。

しかしながら、現代社会が様々な問題を露呈し、
グローバル資本主義に対する反発が世界各地で起こる今日、
近代について考えることの重要性は以前にも増して高くなっているはず。

前置きが長くなってしまったが、
本書は近代、そしてその延長戦上にある我々社会について考える上で、
非常に重要な手がかりを与えてくれるものだ。
佐伯の大学での講義がベースになっているため、
専門知識がなくとも学生気分で話に入っていくことが出来る。

佐伯が定める本書が問うテーマは以下。
「われわれはすべからく『近代社会』に生きている。
ではどうして西欧において近代的理念が生みだされ、近代社会が形成されたのか。
そして、それはどこへ向かおうとしているのか。」(P. 8)
自分たちの生活、これからの社会にも大きく関わる非常に身近なテーマであろう。

佐伯自身の近代にまつわる問題意識は以下のようにまとめられる。

私には、現代の混迷と混乱のもとにあるのは、結局、「自由」と「秩序」の観念をめぐるものだと思われる。「欲望」と「規律」といいかえてもいいだろう。「解放」と「権威」といっても同じことだ。これらの観念について、我々は新たな定義づけ、新たな関係づけを求めている。別の言い方をすれば、これまで歴史的に生成してきた「自由」と「秩序」をめぐる思考がうまく機能しない、ということである。これは、端的にいえば、西欧の近代思想の挫折といってよいと思われる。なぜなら、「自由」と「秩序」をめぐる問題は、これまで基本的に西欧近代と呼ばれる知的枠組みのなかで論じられてきたからである。(P. 10)

こうしたテーマ、問題意識の下、
佐伯はホッブス、ルソー、ウェーバー、ニーチェらの思想に触れつつ、
西欧近代がどのように展開され、そしてどのような行き詰まりを見せているのかを解説していく。
佐伯の言葉を借りれば、
西欧思想という「物語(ストーリー)」を描き出し、
「見通し(パースペクティブ)」を示すということになる。

現代思想、哲学の入門書は他に幾らでも存在しているが、
近代とは何か、そして近代社会の問題とは何かという点について言えば、
最もコンパクトに、そして的確にまとめられているように思う。
現代社会の生きづらさの背景が理解出来れば、
その生きづらさを緩和するのにも役立つのではないだろうか。

本書の1つだけ残念な点を言えば、
本書のテーマの最後の問い「それはどこへ向かおうとしているのか」に対する
十分な回答がなされていないというところだ。
それは自分らで考える作業だと言われればそうかもしれないが、
佐伯先生の考えを示して頂いてもよかったように思う。

ニヒリズムに陥ることなく、
将来に前向きに向かう姿勢をどう取り戻すか。
自分なりの作業を続けていくとしましょう。



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カンボジア農業、農政での動き

エルニーニョの影響を受けているカンボジアの農業にまつわる
最近の動きをまとめておこう。

干ばつの影響は13州、18万5千haに渡ると報道されており、
昨年の11万6千haを大きく上回るそうだ。
多かれ少なかれ、毎年似たような状況があることから、
「干ばつ」という表現が合っているのかどうかは分からないが、
バッタンバンの農村においても影響が出ていることは間違いない。
18万5千haのうち12万5千haは、
バッタンバンとバンティアイミアンチェイ州の農地であるとも言われている。
(このところの長雨で状況は更に改善されていると思われる。)

カンボジア農業のギャンブル性については以前も書いたことがあったが、
これに対応すべく農業向け保険サービスの仕組みが生まれている。
保険会社、NGO等によるサービスで成功すれば画期的なものだが、
農村への浸透度はいまひとつ。
農民への利もあると考えられることから、
今後の展開には注目である。

フードセキュリティと貧困削減に焦点を置いた土地利用に関する「土地白書」も注目に値する。
全文は未入手のため詳細は不明ながら、
土地利用がこれらの問題に関連しているとの意識が政府内にもあるのである。
Phnom Penh Postの報道によれば、
政府の本気度については懐疑的な見方もあるようだが、
農村における土地登記等の実績はそれなりに評価してもよさそうだ。

ちなみに、同記事に出ていた人権団体のリカドーによると、
2014年に発生した土地を巡る争いは13州で10,625件発生しており、
2013年の約3倍に当たるという。
土地を巡る問題は今後も続いていくであろう。

農業生産性については、
世界銀行が先月発表した「Cambodian Agriculture in Transition: Opportunities and Risks」
という報告書が興味深い。
同報告書は世界銀行のウェブサイトでダウンロード出来るので、
興味のある方は是非オススメしたいが、
約220ページ(英文)もあるため、
同ウェブサイトに出ているまとめだけでもよいかもしれない。
以下、まとめより抜粋。

・2004年から2012年までの農業生産量は平均で年8.7%ずつ成長。
農地面積の拡大を差し引けば、年4%の成長。
・同期間ヘクタール当たりの利益率は3.4%増加。
・2013年から2014年には成長率は2%止まり。
・2030年までに農業分野の人件費は3倍になると予想されるため、
年5%以上の成長が必須。

生産性の関連で言えば、
精米業者がVATの減税を求めていることも報じられている。
フィリピン向け精米輸出に係る入札で、
立て続けに負けた原因は生産コスト以外のコストの高さにあると指摘されている。
生産コスト以外のコストにVATが含まれるのかもしれないが、
削られるべきは正規の税金であるべきかは意見が分かれそうだ。

2015年2度目のフィリピン向け輸出の入札(75万トン)については、
カンボジアは参加を見送ることも報じられている。

以上、最近のカンボジア農業についてのまとめ。
収穫の頃にはもう少し明るいニュースが紙面を賑わせていることを願おう。

 

バッタンバン初の信号機

今月、バッタンバンに初めての信号機が導入された。
しかも、同時に複数カ所でである。

2カ所は国道5号線沿いにあり、
サンカエ川の東に1カ所、西に1カ所、
国道5号線と57号線を繋ぐ道路に1カ所。
(追記: プサー・ルーから国道57号線へ向かう道路にも1か所。)

Traffic lights

交通量が増え、
いずれはと思っていたが、
ついにその時がやって来たのである。

いずれはプノンペンのような渋滞が起き、
立体交差なども出来てくるのだろうか。

「発展」を喜ぶべきか、
やって来るであろうストレス社会の前兆を嘆くべきか、
that is the question。

 

サッカー代表とユニフォーム

9月3日、対日本の試合で0-3 と「善戦」したカンボジア代表。
6月の対アフガニスタン戦でも0‐1とやはり善戦している。

善戦の結果か、
ここ数カ月、代表チームのユニフォームを着た人をよく目にするになった。
市場や露店でも売れ筋のようで目立つところに飾られており、
ホーム、アウェイの違いだけでなく、
メーカー(?)毎による微妙なデザインの違いも楽しめる。

ユニフォームを着た彼ら(彼女らは稀)を見ていると、
「敵」ながら、なんだかつい喜んでしまっている自分に気づく。
喜びついでに、つい自分でも買ってしまったほどだ。

Cambodian Football Uniform

着ている人が多い分だけ、、
時々居合わせた人と被ったりすることもある訳だが、
気まずいどころか、
むしろ「お前も応援してる仲間だな。」と同胞意識すら持ってしまう。
ユニフォームだから被って当然と言えば当然。

カンボジアで見るW杯は次が5回目になるが、
カンボジア国内で代表戦がここまで注目されているのは初めてのように思う。
カンボジアサッカーが強くなってきた証、
ナショナリズムの醸成、
経済発展により生まれた心の余裕、
そんなものが折り重なった結果なのであろう。

日本代表にも頑張って欲しいが、
カンボジア代表にも頑張って欲しい。
頑張れ!カンボジア代表!

 

人身売買の被害者

人身売買という言葉を聞くと、
女性や子どもが被害になっていると考えられている。
実際、そうした描き方をするマスメディアや援助団体も多い。

しかし、
カンボジアの地元マスメディアはそうした印象とは違った現実を伝えてくれている。
多くはタイに売られ、
逃げ場のない漁船で働かされていた被害者に関するものだ。

最近、Phnom Penh Postが報じた統計で見ても、
カンボジアにおける被害者の多くが男性であることが分かる。
2011年から2014年までの間、
International Migration Organisationが支援した被害者の88%、
USAIDの対人身売買プログラムが支援した被害者の59%は男性(少年含む)であったという。

これを報じた記事は、
「Services for trafficked males ‘lag far behind’」
(人身売買被害の男性への支援が遅れている。)
と題されている。
男性が被害にあっているという事実だけでなく、
彼らに対する支援が女性に対するそれと比べ不足していることを指摘するものだ。

「カンボジアの子どもたちに〇〇を。」
「貧しい女性の自立のために〇〇を。」
といった文言は確かによく目にするが、
「カンボジアのオッサンのために〇〇。」
という言葉は聞いたことがない。

援助とマスメディアについて書いたことも、
当たっているように思う。

いずれにしても、
本気で問題の解決を考えるのであれば、
まずは、問題の定義と分析をしっかりと行った上で、
その対策について検討されるべきであろう。

 

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プロフィール

バッタンバン長

Author:バッタンバン長
カンボジア王国バッタンバン在住、バッタンバン長です。
バッタンバンを中心に、開発援助業務、大学講師、社会調査、日系企業進出・投資のお手伝い等をやっております。
お問い合わせ等は、下のメールフォームからお願いします。

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