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バッタンバンで晴読雨耕

バッタンバンを中心としたカンボジア北西部の情報ブログ-大学教育、地雷、農業、開発、投資に関する話題から ホテル、レストラン情報まで

 

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シルクファーム

シェムリアップにあるシルクファームを訪れた。

訪れた農園では、
蚕のエサとなるクワ畑が広がり、
その脇の作業場でシルク糸を紡ぐ作業から、染色、機織りまで全ての作業が行われている。
市場ではよく目にするシルク製品だが、
その作業工程はそれほど知られていない。

ここで育てられている繭は鮮やかな黄色。

Silk 1

染色や織りの作業は綿製品とあまり変わらないようだ。
紡ぎの作業はやはり独特でおもしろい。

Silk 2

農業省が産業育成を進め、
いくつかのプロジェクトが実施されていたはずだが、
その成果については聞いたことがないように思う。
また少し調べてみることにしよう。
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パンヤの木

農村部でよく目にするパンヤの木。
パンヤ綿の原料となる綿のなる木である。

Panya 3

以前は海外輸出もされていたそうだが、
今では専ら国内での消費が主で、
輸入品の化学繊維に押され気味である。

専門で栽培している畑は見たことがなく、
見るのは自生しているものばかりだ。

Panya 2

カンボジアの人に言わせれば、
枕としてはよりふっくら感のある化学繊維に負けるが、
敷布団としては良質なのだそうだ。

よい使い道はないものだろうか。

 

書籍 「他人を思いやるサル、利己的なサル」

利己的なサル、他人を思いやるサル―モラルはなぜ生まれたのか利己的なサル、他人を思いやるサル―モラルはなぜ生まれたのか
(1998/01)
フランス ドゥ・ヴァール

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知り合いの生物学の先生に勧められ読んだ
「政治をするサル」、「仲直り戦術」に続く本書。

初めは、「そうは言っても動物だから」という思いがない訳ではなかったが、
三作を読んだ今は全く考えが違う。
ドゥ・ヴァールが言うように、
彼我に違いがあることは間違いないが、
類似している点も多く、
むしろ、そこから学べる点も大いにあると感じている。

サルの道徳、人間の道徳という点については、
様々な実験結果から、
ドゥ・ヴァールは以下のようにまとめる。

チンパンジーは、攻撃を受けた者を優しくなでたり、たたいたりするい、腹を空かせた仲間と食べ物を分け合ったりする。また人間も泣いている子どもを抱きあげたり、恵まれない人に食事を出すボランティアをしたりする。両者の行動を区別するのは難しい。チンパンジーの行動は本能に基づいたもので、人間のほうは道徳的な配慮の表れだろうか?そんな分類は誤解を招くものだし、おそらくまちがっている。だいたい人間とチンパンジーという非常に近い動物が同じような行動をしているのだから、わざわざ異なる説明をつけるのは不経済な話だろう。それにチンパンジー本能説は、感情移入など徐々に解明されつつある彼らの複雑な精神活動を無視している。人間以外の動物を「道徳的な生き物」と呼ぶのはためらわれるが、人間の道徳性の底に流れる感情や認知能力の多くは、人類が地球上に登場する前から、存在していたのである。(P. 352-353)

利他的であるのは、
同時に利己的であることと矛盾しているようにも思われる。
しかし、生物学的見方によっては、
そこに大きな差はないようだ。

目の前のテーブルに食べ物が満載されているとき、お腹を空かせたあなたが窓をノックしたとしよう。私はあなたを部屋に招き入れて食べ物を与え、その満ち足りた顔を見て自分もうれしいと思うだろうか。それとも食べ物をひとり占めし、自分のお腹がいっぱいになったことで満足するだろうか。どちらにしても、私の行動は自分本位と言われるだろう。自分の利益を追求したわけだから。しかしあなたの立場から、また社会全体から見れば、同じ自己利益の追求でも性質はがらりと変わる。同様に私がどちらの行動をとるかで、受ける見返りも異なってくるはずだ。(P. 152)

人間の道徳性は、突きつめれば社会に受け入れられることが目的である。(P. 18)

利他的、道徳的な行いをするのは、
つまりは自らが社会に受け入れられるための行動でもあるのだ。
情けは人のためならずの言葉どおりとも言える。

他者への思いやりの中で、
分かりやすいものは食べ物を分け合うという行為に見出される。
家族単位での分け合いは多くの動物の間で見られるが、
それを超えたグループ(社会)内での分配はチンパンジー、ヒト、オマキザルに見られるという。
チンパンジーでは積極的、互酬的な分配が確認されており、
上位者であればあるほど下位者へ食べ物を分け与えるのだそうだ。

支配者が下位者から食べ物を奪うという順位そのままの構造では、食べ物の流れは一方的である。しかし分配システムでは、食べ物は上から下へ行くのはもちろん、あらゆる方向に移動する。その結果比較的平等な資源の分配が実現する。それは私たちの考えるような公正・公平の感覚に不可欠なものだ。(P 233)

おたがいさまの精神が定着すれば、交換という「通貨」は二次的なものになり、互酬性は社会生活のあらゆる面に浸透していくのである。(P. 261)

ここらの文章からは、
どうも最近の人間社会のほうが、
よっぽど不平等ではないのかとさえ思えてしまう。

社会や善悪の起源もやはりサルに見ることができるようだ

・・・社会的な動物は、群れの調和を乱しかねない行動を抑制し、平和的共存と個人利益の追求の最適なバランスをとろうと務める・・・。
個々がまとまりのない行動をする社会にあきたらなくなった人間は、コミュニティへの自己中心的な関心を集団としての価値観に変質させた。誰にとっても公平な生活様式を求めるのは、仲間と良好な関係を築いて協力しあう必要性からしょじた、いわば進化の所産かもしれない。・・・社会組織を根本から弱体化させるような行動を「悪」と見なし、暮らしやすいコミュニティ作りに役立つ行動を「善」とみなうようになった。そして望ましい形で社会が昨日するように、しだいにおたがいの一挙一動に目を光らせるようになった。
コミュニティへの意識的な関心。それは人間の道徳性の心臓部である。(P. 348-349)

西洋的な個人主義が浸透し、
右肩上がりの経済ではなくなってしまった現在、
自分のことは自分で守るという考えが強くなってしまった。

しかし、これからの社会を考えたとき、
多くの識者らが分かち合いを唱え始めているのも事実。

サルに学び、
我々ヒト本来が持つ利他性について考えてみるのもおもしろい試みではないだろうか。
本書の後に出された以下は、
「共生」をテーマにし、より人間社会への示唆に富んだものとなっている。

共感の時代へ―動物行動学が教えてくれること共感の時代へ―動物行動学が教えてくれること
(2010/04/22)
フランス・ドゥ・ヴァール

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2014年上半期地雷・不発弾被害者数

2014年6月のCMVIS(Cambodian Mine Victim Information System)がまとめられ、
2014年上半期(1~6月)の統計が発表された。

これによると、
同期の地雷・不発弾の被害者数は101名、
うち14名が死亡、87名が負傷であった。

州別では、
バッタンバン州が34名で最多、
パイリン州17名、
バンティアイミアンチェイ州11名、
オッドーミアンチェイ州8名と続いている。

2013年の同期の数字は65名であったことから、
今年は大きく増加し、
2012年の同期の数字104名に近いレベルとなった。

2013年全体では111名で、
22名が死亡、89名が負傷であった。

昨日もラタナックモンドル郡で農作業中のトラクターが、
対戦車地雷を踏み、作業中の農民1名が命を落としたとの報告があった。
全体的には減少傾向にある地雷・不発弾の被害者だが、
問題の解決にはまだ長い時間と努力が必要な状況である。

 

イオンモールと消費社会の到来?

プノンペンでは先月オープンのイオンモールが大盛況である。

ショッピングや外食を娯楽的に楽しむに人々の姿に、
力強い社会の成長を感じつつも、
本格的な消費社会の到来に不安のようなものも感じてしまっている。
カンボジアらしさが失われていくような寂しさもあるのだろう。
(外国人の勝手な言い分であることは承知の上。)

Aeon.jpg

よくも悪くもカンボジアらしさとは、
型がないところであるように思う。
エマニュエル・トッドは家族構成の類型から、
カンボジアをアノミー型社会と定義付けた。
型のないのが型という説だ。

トッドのもう1つの重要な指摘は、
元々多様性な各国社会も皆同じ方向へ進化を遂げてるというものであった。
識字率の上昇と出生率(合計特殊出生率)の低下というのが、
近代化する国・社会に見られる共通点だという。

カンボジアもこの例外ではないだろう。
識字化や少子化もしかり、
先進国的な社会発展というベクトルに沿い、
「進歩」を遂げつつあることは間違いない。

核家族化が進み、
ムラという共同体は徐々に解体され、
個人は個として生きることを余儀なくされる。
個は消費を通し、自己実現を図ろうとし、
市場には記号としての商品が溢れる。

そんなポストモダン的な見方が、
これからのカンボジアにも当てはまっていくのであろうか。
(スマートフォンが個を繋げるツールとして存在している点は、
どう作用するのだろう?)

幸い(?)、イオンモールでは、
おじいちゃん、おばあちゃんから孫まで含めた大家族の姿も目にすることができた。
そう、そうこなくっちゃ、カンボジア。

 

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プロフィール

バッタンバン長

Author:バッタンバン長
カンボジア王国バッタンバン在住、バッタンバン長です。
バッタンバンを中心に、開発援助業務、大学講師、社会調査、日系企業進出・投資のお手伝い等をやっております。
お問い合わせ等は、下のメールフォームからお願いします。

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