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バッタンバンで晴読雨耕

バッタンバンを中心としたカンボジア北西部の情報ブログ-大学教育、地雷、農業、開発、投資に関する話題から ホテル、レストラン情報まで

 

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米輸出の不振

スロースタートで幕を開けた今年の米輸出は、
その後も不調が続いている。

統計上は昨年並みの輸出量とのことだが、
州内の精米所では、
昨年末に収穫された新米が売れずというところが少なくない。
業界関係者によれば、
輸出向けの米の約8割が売れずのままとのこと。

一番の問題は、
タイやベトナムの輸出米の価格が下落していることと言われている。
タイにおいて政府米が市場に出されたことが最大の原因だという。
隣国の精米価格はカンボジアを1割程度下回るレベルとの報道もある。

タイ、ベトナムそれぞれの国の輸出米の価格決定には、
政府の役割が少なからず関係している。
その点で言えば、
カンボジアの政策はほぼレッセフェール的(無策?)だ。

政府からの支援がない場合、
精米の値段は当然ながら、
籾の価格、精米にかかるコスト等によって決められていく。
それぞれの段階における価格を調べてみると、
現実が厳しいものであることが分かる。

コメに限らず、
野菜や畜産の分野でも隣国との価格競争で厳しい戦いを強いられているカンボジア。
安価な労働力頼みの戦略だけでは、
厳しい戦いが続きそうな気配である。

目標を掲げるだけでなく、
そろそろ具体的な施策が必要なのではないだろうか。
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炭焼き

農村部では炭焼きを副業にしている農家が少なくない。

先日訪れた農家でも、
庭先に作られた炭焼き窯からもくもくと煙が上がっていた。
窯は雪で作るかまくらのような構造をしている。

Charcoal.jpg

農業と違い、
炭焼きは比較的安定した収入を得るのに適した仕事だ。
大金を得られる訳ではないが、
作っただけ売れるし、
すぐに売れなくとも腐らないので保存が効く。

ガスコンロが普及してしまうと、
その必要性がなくなってしまうはずだが、
今のところ都市部でもそのニーズは小さくはない。

樹木の伐採が禁じられているため、
警官からの賄賂を求められるのが唯一の問題だという。
(実際、伐採ではなく、落ちた枝を集めていたりするのだが。)

米の収穫まで収入がない世帯にとっては、
それまでの生活を繋ぐ貴重な収入源となる。

農村風景の中には、
生活に不要なものなど何もない。

もくもくと出る煙を見ながら、
そんなことにあらためて気付かされてしまった。

 

農業技術指導

カンボジアにおいては、
日本を初めとした「先進国」による農業指導が様々な形で行われている。

言葉は悪いかもしれないが、端的に言って、
「原始的」な農業が行われているカンボジアで、
「先進国」の技術を活かし、
生産性を向上させるといった趣旨のものが多い。

カンボジアの農法が日本とは違い、
非常にシンプルなものであることは間違いない。

しかし、実際の成果となると、
思い通りにはならない場合が多いようだ。
何故だろう?

私見ながら、
一番の問題はインプットを増やす農法にある。

日本では、
米や野菜は手間隙をかけてつくるものというイメージがあるが、
それが受け入れられない事情があるのだ。

決して、カンボジアの農家が怠けているという話でもないし、
おいしい作物を作りたくはないという話でもない。
天候や市場の変化というリスクに対し
全くの保障がないカンボジアの農家にとって、
手間隙をかけるということはリスクを更に大きくすることになりかねないのである。

例えば、
手間をかけて田植えを行っても、
日照りで稲がやられてしまえば、
もう一度やり直しをしなければならなくなる。
手間をかければ収量が上がるにしても、
収穫できなければ何の意味もない。
(天候の波が大きいこの数年は特にそうである。)

結果、新たな農法は実践されず、
「原始的」な農法が継続していくこととなる。

また、労働力の問題も無視できない。
多くの農村の働き手はタイへ出稼ぎへと行ってしまっている。
安定した現金収入を得られるのだから、
自分たちでやる農業については最小限の投資(資金、労力)とし、
出来るだけ長い時間タイで稼ぐというのは賢い選択であろう。

無計画なように見えて、
農家さんたちは経済効率性に見合った選択をしているように思われる。

保障を含めたより包括的な農業政策や、
経済効率性に配慮した農法が必要ではないだろうか。

 

タイのデコトラ

デコトラと言えば、
「トラック野郎」菅原文太、義理と人情の世界と思ってしまうが、
タイのデコトラにはまた別の世界が存在している。

タイのデコトラは、
荷受けのためにカンボジア国内にも入ってきており、
国境近くでは珍しくない存在だ。

Dec-Truck 1

顔に当たる正面部分はただただ派手。
電飾はないか、あっても非常にしょぼい。

Deco-Truck 3

日本のデコトラの見せ場である側面部分は地味。
ダンプだから仕方ないのかもしれないが、
連結してるのを活かして何かできそうな感じ。

Deco-Truck 5

裏に回ってみれば、そこはアニメ、ファンタジーの世界。
荒くれ者だが、情けにゃ弱いという世界との差は大きい。

Deco-Truck 4

トラックギャルでも乗らなさそうなキティ風のデザインも。

文化の違いと言えばそれまでだが、
子どもウケだけはよさそうなタイのデコトラである。

 

書籍 「経済と人類の1万年史から、21世紀世界を考える」2

先に書いたとおり、
本書にはおもしろい引用が多くあるので、
少し気になったものを以下にまとめてみたい。

「人類の特質は性悪なものであり、富や教育によっても善良にはなれないようだ。
・・・富や教育により、人類はむしろ新たな形式の“悪”に染まる。」(P. 12)

「幸せっていうのは、義理の兄弟よりも、10ドルほど多く稼いでいることだよ。」
(P. 22、経済誌「エコノミスト」からの引用)

「人間の欲望とは、我々の満足や喜びではなく、虚栄心に関わるものである。」
(P.89-90、及びP. 164、アダム・スミス「道徳感情論」より引用)

「我々には、食べるために空腹感が必要であるように、繁栄する国家には悪徳も必要である。
徳だけで名高い栄光に満ちた国家になることなどありえない。」
(P. 90、バーナード・マンデヴィル「蜂の寓話」より引用)

辛辣な見方ばかりながら、
それぞれいいところを突いているように思われる。

 

書籍 「経済と人類の1万年史から、21世紀世界を考える」1

経済と人類の1万年史から、21世紀世界を考える経済と人類の1万年史から、21世紀世界を考える
(2013/03/30)
ダニエル・コーエン

商品詳細を見る


世界の歴史から我々が生きる現代、そして、これからについて示した本書。

日本語のタイトルには一万年とあるが、
中心は過去千年程度の話。
「悪徳の栄え」の意の原題のほうが内容にも合っているだろう。

ロジカルな構成という点で難しさも感じられたが、
本書の全体を理解するのに助けとなるのは、
序文に示されている以下のテーマと思われる。
(序文に含まれる小項目の題名も概ね以下のようなものだ。)

悪徳の栄えとしての経済的繁栄
マルサスの法則
ヨーロッパの隆盛、世界支配
経済成長に関する考察
新たな経済法則

度々本書に登場するマルサスの法則については、
以下のようにまとめられている。

産業社会の時代が訪れるまで、長年にわたって社会を支配してきた掟は、単純でうんざりするものだ。(中略)すなわち、経済成長が人口増を引き起こしてきたのだ。つまり、富の増加は、出生数を押し上げ、子どもや大人の死亡数を減らす。すると、全員の食いぶちを確保するための耕作可能な土地が不足するという致命的な事態が訪れる。人口過剰となった人類は、空腹や病気で死ななければならない。そこでいつも決まって、飢餓と疫病が、社会成長する社会の発展を打ち砕いてきだのだ。(P. 13-14)

ヨーロッパの隆盛が重要なのは、
産業革命、原料の輸入と製品の輸出という経済モデルにより、
このマルサスの法則が打ち破られたという点。
そして、その後の競争の種となる国民国家の発明、
「利益=欲望」という道徳観を打ち破った経済学(アダム・スミス)の確立であろう。

本書におけるコーエンの主たる議論の1つは、
ヨーロッパの隆盛により生まれた世界構造においては、
国家間の戦争や大恐慌は「予期せぬトラブル」ではないということだ。
曰く、
「二十一世紀の多極化する世界を理解しようとするのであれば、
ヨーロッパ史を繙いてみればよい。」(P. 18)のだ。
経済成長が国家を好戦的にするという説も複数引用されている。

経済成長を是とし、
国家間が競争を続けていく仕組みにおいて、
問題は戦争や恐慌だけではない。
肝心の経済成長自体にもエコロジカルな限界があり、
経済成長によって人間の幸せは満たされないという(イースタリン等)話は、
多くの識者が指摘している点である。

本書後半部分では、
現代の分析から今後への展望、懸念が示される。
キーワードはグローバル化/サイバー化。

固有の特性を持ちつつも、
「覚醒」した国民国家として経済成長を目指す中国、インドには、
上記のような懸念も当てはまるだけでなく、
その人口が故の環境への影響も心配される。

環境破壊については危機が迫っており、
人類が解決すべき最大の問題。

原料を輸入し、製品を輸出する経済から、
コンセプトを売るようになった先進国においては、
「市場からの調達資金により、
「工場も従業員もいない企業」をつくりあげるというウォール街の新たな夢が実現した。」(P. 266)という。

当然の結果ながら、
その「非物質的資本主義」の世界においては、
アメリカの覇権がしばらく続くと予測されている。

「悪徳の栄え」という表現はいささか過激ではあるが、
分析の1つ1つは非常に地に足の着いたものと言えよう。
こうした分析から、
コーエンは導き出す人類が進むべき道とは以下のようなものだ。

人類は、ヨーロッパが十八世紀以降にたどってきた道筋を、精神的には逆方向にそうはしなければならない。つまり、世界は無限であるという考え方から、世界は閉じているという考え方への移行だ。(P. 301)

シンプルな提案に聞こえるが、
コーエン自身が認めるように不確実な話でもある。
「先進国」の暮らしを昔に戻すことは不可能であろうし、
「途上国」が環境に負荷をかけずにそのスタイルを真似ることも無理であろう。

大きなパラダイムシフトが起きない以上、
環境への負荷が小さいエネルギー等、
新たな技術革新に期待するしかないということなのだろうか。

近年、同様のテーマを扱った類書が多く出ていることから、
それらとの比較もおもしろそうである。

 

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プロフィール

バッタンバン長

Author:バッタンバン長
カンボジア王国バッタンバン在住、バッタンバン長です。
バッタンバンを中心に、開発援助業務、大学講師、社会調査、日系企業進出・投資のお手伝い等をやっております。
お問い合わせ等は、下のメールフォームからお願いします。

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