FC2ブログ

バッタンバンで晴読雨耕

バッタンバンを中心としたカンボジア北西部の情報ブログ-大学教育、地雷、農業、開発、投資に関する話題から ホテル、レストラン情報まで

 

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

 

ソーシャルビジネス

ソーシャルビジネスとは、
マイクロファイナンスの産みの親として知られるモハマド・ユヌス氏によって広められた言葉だ。

様々な定義が可能であるが、
社会問題の解決の手段として、
商業活動を行うというところが重要な点であろう。

フェアトレードしかり、
そもそもの考え方には共感できるものだが、
こうした新しいタームが出てくる度に違和感も感じてしまう。
言葉の響きだけが先行し、
実際の成果に疑問を感じる場合が少なくないからだ。

日本では貧困者から利益を上げるいわゆる「貧困ビジネス」が問題となっている。
問題はこうしたビジネスが貧困を解決するのではなく、
逆に貧困の仕組みを強化している可能性が高いという点だ。
ソーシャルビジネスを謳いながら、
単に貧困者の弱みにつけこんだ商売である場合も多いという。

カンボジアでもソーシャルビジネスを謳っている組織は少なくないが、
言葉の定義を明確にしたり、
或いはその定義に基づき事業構築をしているところとなると、
非常に少ない印象だ。

こうした組織が一番の社会貢献として挙げるのが貧困者の雇用だが、
それでは何万というワーカーを抱える縫製業界が一番のソーシャルビジネスになってしまう。

この業界はソーシャルビジネスとして持ち上げられるどころか、
スウェットショップと呼ばれ批判の対象となることもあるのだから皮肉な話である。

カンボジアのような国において、
敢えてソーシャルビジネスを謳うには、
やはり貧困者の雇用以上の要素が必要であろう。
(他ではせいぜい自立といったような情緒的な言葉が踊る程度だ。)

このところは、
BOP(Base of Pyramid)という言葉が登場、
途上国を援助対象としてだけでなく、
ビジネスの対象としてみる動きも広まりつつあるが、
これもまた同様である。

結果的に、
日本の貧困ビジネス、
つまり貧困の仕組みを強化するようになっては、
せっかくの意図も台無しになってしまう。

言葉の定義、
目的の明確化、
それに見合った事業内容となっているか。
そうした点に注意していきたい。
スポンサーサイト

 

書籍 「Poverty Capital」

Poverty Capital: Microfinance and the Making of DevelopmentPoverty Capital: Microfinance and the Making of Development
(2010/03/29)
Ananya Roy

商品詳細を見る

本書はマイクロファイナンス(以下、「MF」)について書かれた数ある本の中では珍しく、
貸付が行われている途上国だけではなく、
そこへ資金を流す先進国もMFの「現場」として扱っている。

対象は若干違うものの、
「Microfinance and Its Discontents」と似た志も感じ取れる。
(Karimも引用するフーコーの思想や、
フーコーの系譜にある思想家スピヴァックの思想が分析の視座となっている。)

本書の著者Ananya Royが注目するのは
MFのグローバリゼーション、世界的な広がり、そのプロセスである。

地理的には、
バングラディシュ、つまりは「南」で生まれたMFが、
世界銀行が所在するワシントンD.C.や
世界の金融センターであるウォール街に代表される「北」へ拡がる様を指すが、
単なる物理的な範囲の広がりというだけでなく、
以下の3つのパラダイムを巡った思想の広がりとしてもまとめられる。

1.人権としてのクレジット: 金融アクセス(MF)は基本的な権利である。
2.創造的(クリエイティブ)資本主義: MFユーザーは新たな客層である。
3.マイクロシャークス: MFに貧困削減効果はない。

MFのグローバル化において重要な役割を果たしたのは、
世界銀行にあるCGAP(Consultative Group to Assist the Poor)と呼ばれる組織だ。
MFのグローバル化とは、
その権威が南(バングラディシュ)のMFIから、
CGAPに代表される北の組織、機関への意向していくプロセス、
MFが「ワシントン・コンセンサス」の中に組み込まれていくプロセスであったともいう。

また、MFのグローバル化は、
開発の金融化(Financialization of Development)であるとも指摘される。
それまでの開発では、
途上国の個人はエンパワーされるべき対象として無償援助を与えられるべき者であった対し、
MFのグローバル化以降においては、
十分な能力を有する権利保持者、或いは顧客として有力な投資先となってきたという指摘だ。

いずれでも、
MFとは何か、どうあるべきか、どういう成果があるかといったMFに関する知が、
南の現場ではなく、北の現場おいて生産、再生産されていくようになった過程であることも見逃せない。
Karimも指摘した点である。
(今やMFについて最も優れた教育プログラムとされているものは、
イタリアのTurinで実施されている!)

NGOが主となり開始されたとカンボジアのMFも、
本書が指摘するようなグローバル化、金融化の波に乗り、
現在では貧困削減のツール、施策というよりは、
金融商品としての位置付けのほうが大きくなっているように感じられる。

先進国出身の「専門家」の声はウェブ上にも溢れているが、
カンボジアの「ユーザー」の声は聞こえない、
或いは「専門家」の報告を通じてしか聞こえてこないのもまた事実である。

カンボジアや途上国だけに目がいきがちなテーマだけに、
非常にユニーク(他にない)かつ鋭い視点で斬った研究書と言えよう。

 

対タイ関係での動き

タイとの関係については何度か書いてきたが、
カンボジア北西部はこの隣りの大国との関係を抜きには語れないと言って過言ではない。

この数日を見ても、
タイとの関係に関する新聞報道が目に付く。

農業分野では若干明るいニュース。
カンボジア、タイ両国の商業大臣が会談、
タイ側はメイズ及びキャッサバに掛けられていた輸入規制の撤廃に合意したという。
政府統計によれば、
昨年のカンボジアの対タイ輸出量は、
メイズが約2万トン(前年比40%減)、
キャッサバが約72.2万トン(同160%増)であるが、
今回の撤廃措置が継続すれば今後はいずれの増加傾向になると考えられる。

以前もこのブログに書いたとおり、
タイへの出稼ぎ者は後を絶たない様子。
パスポート等の書類もなく不法入国をする者も少なくなく、
先日はポイペトのゲストハウスで不法入国の準備を進める150名程が逮捕された。
クメール正月後の4日間で600名が逮捕されたとの報道もある。
正月を家族と過ごしタイへ向かう者が多かったのだはないかと想像されるが、
いまだ全体像の見えにくい問題である。

領土を巡る問題でも新たな展開が見られている。
プレアビヒア遺跡周辺の土地の帰属に関する審理が国際司法裁判所で開始された。
同裁判所は1962年に遺跡はカンボジア領との判決を出しているが、
今回はその周辺の約17km2の土地の帰属が決められるそうだ。

タイの一人当たりのGDP額約5,400ドルに対し、
カンボジアは約850ドル。
カンボジアの対タイ輸出額2.52億ドルに対し、
輸入額は37.86億ドル。

カンボジアからすれば圧倒的な大国を相手にした外交、経済政策となるが、
勝ち負けではなく、両者共存の道が歩まれることを期待したいところである。

 

貧困者の職業としての農業

一般的には、
カンボジアの農村部に暮らす人々は、
都市部の人たちに比べ貧しいと考えられている。

農村部と呼ぶ位であるから、
そこで暮らす人たちの仕事と言えば、
農業である。

これらだけを見れば、
農業を行うと貧しくなる、
或いは、
貧しいから農業を行う、
というロジックが成り立ちそうだ。

農業は、田舎者、低学歴の者、非技術者がやるものだから、
低賃金、低所得で当たり前。
このような一般的な考えも、
いずれのロジックにも合致するものである。

他方、近年、農業をビジネスチャンスとして見る都市部の人間が増えてきたのも事実である。
都市部の人間だけでなく、
外国からの投資家たちもこれをチャンスとして見ているものが少なくない。

カンボジアの農業については、
ビジネスチャンスという見方と
貧困者の職業という矛盾とも思われる2つの見方が併存している状況なのだ。
こうした矛盾はどこから生まれたのだろうか?
どのように説明されうるものなのか?

両者の一番の違いと言えば資本規模であろう。
例外もあるが、大雑把に言えば、
都市部の者が出資して行う農業は規模が大きく、
農村部の者が出資して行うものは規模が小さいということだ。

この差が見方の違いを生み出しているだとすれば、
規模が大きければ儲かるビジネスということになる。
規模、具体的に言って面積が大きくなれば、
作業効率、利益率が上がるということを意味するということだ。
端的にスケールメリットが効いていると言うこともできる。

しかしながら、
農村部の人々が行う農業は資本が小さく、
そもそも貧しいのだから無駄な支出が発生する余地は小さい。
逆に都市部の人間が出資して農業を行うのでは、
交通費や土地賃料などがかさんでしまい、
利益率が下がることも十分あり得るはず。
他国の例を見てもスケールメリットがあるのかは疑わしいところだ。

もう1つの違いは農業への関わり方であるが、
これについてはまた別な機会に書こうと思う。

ビジネスチャンスとしての農業、
貧困者の職業としての農業、
どちらの見方が現状を的確に捉えたものと言えるのか、
なかなか興味深いテーマに思われる。

 

AH1

国道5号線に新しい道路標識が登場した。

AH1-1.jpg

AH1-2.jpg

AH1は、
Asian Highway No. 1の略である。

日本でも一桁国道と言えば国の大動脈。
国道1号は東京(日本橋)と大阪(梅田)を繋ぐ大動脈中の大動脈である。

この「ハイウェイ」はその上を行く国際道。
起点は東京の江戸橋JCTとやはり日本橋周辺、
終点はトルコのブルガリア国境で計14カ国を通過するアジアの大動脈である。

まだまだ未整備の区間もあれば、
国境越えの問題も残るが、
その壮大さにはロマンを感じてしまう。

バッタンバンからトルコまで長距離ドライブなんて未来を想像するだけで、
ワクワクである。

 

プノンペン水道公社株の配当

プノンペン水道公社株をバッタンバンで買ったのは、
バン長が初である。
もっと言えば、
カンボジアの初証券取引にバッタンバンから参加したのは、
バン長だけである。

競争相手のない競争、
何の特にもならない名誉である。

何の特にもならないながら、
この名誉を得るのは楽ではなかった。
なにせ支店長にとっても初体験のことばかりなのだ。

国の数を考えれば、
どこかの国で証券取引開始のタイミングに居合わせるなどというのは非常にレアなことである。
それがそれなりに思い入れのある国でということであれば、
参加しない訳にはいかなかったのである。

適当に株価が上がったところで売り逃げるというのが投資の基本なのかもしれないが、
記念的な買いで苦労して手に入れたものだけに、
手放せずにいる。

あれから1年。
先日、配当に関する連絡が届いた。

金額自体は微々たるものだが、
それ以上の喜びが感じられる。
ああやっとここまで来たかという変な感慨。
息子の成長を見守る親のような気持ち。

振込自体はもう少し先のようなので、
楽しみに待つとしよう。
サプライズがなければいいのだが・・・。

 

水かけ祭

タイの新年と言えば水かけがつきものであるが、
カンボジアでは数年前から禁止となっている。

と、思っていると、
タイ国境近くのバンティエイミアンチェイ周辺の路上で、
大々的な水かけ集団を複数目撃した。

国道5号線の沿道には、
水の入ったビニール袋を走行中のバイクめがけて投げつける子ども、
バケツに入った水を手桶で汲んでぶっかける若者、
大音響の音楽にあわせて踊るギャル(?)などが並ぶ。
これに対し、道路上には、
水鉄砲で応戦するバイカー、
ピックアップの荷台から水入り袋の集中攻撃を行う軍団、
ただただ水を掛けられるだけの2人乗りカップルが行ったり来たり。

Khmer New Year 2013

100㎞圏内のシェムリアップやバッタンバンでは行われていないことから、
かなり地域限定的な現象である。
タイに近いからというのがその背景であろう。

毎年交通事故の多発する時期だけに、
その点が心配だが、
それこそ盛り上がってる祭に水をかけるような話だろうか。
真面目に心配してしまう。

 

2013年クメール正月

カレンダー上は今月14~16日がクメール正月だが、
文化・社会上では4月一杯といった感もある。
この傾向は農村でこそ強い。

一年で一番暑い時期だからいっそ丸々休んでしまえというのも、
雨が降れば田畑を耕しという曜日のない暮らしからすれば、
当然の流れとも言える。
そもそも仕事日と休日の区別もあってないようなものだ。

都市部へ出稼ぎに出ている者の多くは、
この時期田舎へ帰る。

出稼ぎから戻るのだから、
金を持って帰ってナンボ。
久々に会える親の懐かしさに懐のさびしさ、
子に会える嬉しさに申し訳ない思い。
色んな思いが混じり合ったドラマが各地で繰り広げられるのだろう。

そんなドラマの構成を理解すべく、
終盤に差し掛かった家計調査のまとめ作業を進めている。
そんな正月。

 

農村世帯の在り方

カンボジアの家計調査、
特に農村世帯の調査の難しさは、
家族の在り方や役割に起因する。

具体的にまとめてみる。

1.家族の定義
家族、或いは世帯構成員の線引きが曖昧である。
これは、誰がその家に金を入れ、
誰がその金で生活しているのかが分かりにくいということを意味する。
また、構成員の出入りにより、
家を出る際の旅費などの出費、
家に戻る際の出稼ぎからの収入などが発生する分だけ家計も煩雑になり易い。

2.定期収入の欠如
定期収入のある世帯は皆無であり、
不定期で労働力を売ったり、農作物を売ったりして生計を立てる世帯がほとんどである。
このため、定期で定額が入る種類の仕事と比べ、
家計が複雑になり易い。

3.緩やかな家計管理、或いは管理者の欠如
家計は特定の世帯構成員によって管理されるのではなく、
緩やかな縛りの中で管理されている場合が多い。
このため、家計に関する認識が個々により異なる場合が多い。
(家計に関する質問に対する答えが、
父親の母親とでは異なる場合が多い。)

4.記録の欠如
家計簿がつけられることは非常に稀、或いは皆無である。
このため収入、出費は全て構成員の記憶頼みになるが、
収入が不定期、不安定であることもあり、
記憶が曖昧になり易く、正確な状況を理解することが難しい。

5.多数の出稼ぎ者
出稼ぎ者が多く、
不定期で発生する彼らからの仕送り、借金などの状況把握が難しい。

6.頻繁な金の貸し借り
高利貸し、MF、友人・知人・親戚からの貸し借りが多く、
MFを除き、書面での記録がないため、状況を正確に把握することが難しい。
また、上記1.のように世帯構成員が曖昧であることにより、
その世帯の貸し借りが不明瞭になり易い。
また、出稼ぎ者からの貸し借りは、
それが貸し借りなのか送金であるのかが明確に決められない場合も少なくない。

以上のような状況から、
農村家計をすること自体が非常に難しいことであるのだが、
少なくともこうした点が浮き上がってきたことが
家計調査の成果の1つであると考えている。

 

開発援助と自己実現

ボランティア活動に見え隠れする「したい」という欲について以前書いたが、
この「したい」欲というは、
つまりは自己実現欲なのではないかという気もしている。

井戸を掘りたい、
日本語を教えたい、
オリガミを教えたいは、
つまりは、そういう立場にある自分になりたいという
自己実現欲なのではないかという話である。
(実際それを商品として扱う業者すらある訳だ。)

仮にそうだとすれば、
どうしてそんな自分になりたいのであろうか?
誰かに褒められたい、認められたいのであろうか?
人を助けられるということで自分の存在を確認したいというようなことだろうか?
(人を助けるとは何かという別の問いは脇に置く。)

いずれにせよ、
慣れない海外、ましてや不便な途上国に行かないとその欲が満たされないとすれば、
それは大変なことだ。

地雷原に住むある若い女性に幸せについて問うたところ、
彼女は、年に一度、クメール正月のときに、
村から離れたちょっと大きな市場に行って、服を一着買うことだと答えた。
この彼女は好きなとき、好きなところで、好きな服を買うことはできないが、
それでも年に一度、一着だけ買える服でその心は満たされる。
足るを知ってしまっているとも言えよう。

ほとんど日本人はこの彼女と比べ、
好きなところで、好きなときに、好きな服を買えてしまうはずだ。
極端に言えば、
より新しい、よりおしゃれな(高い?)服を、より多く手に入れなければ、
その心は満たされなくなってしまっている。

幸せ者はどちらだろうか?
もはや誰が誰を「助ける」話であったか分からない感もある。

カンボジアが「発展」し、
なりたい自分になることが価値となった場合、
カンボジアの若者たちも年に1着の服を捨て農村を出て行くのであろう。

人間とは実に困った、
面倒な生き物であるとうことか。

 

バッタンバンの巨大バッタ

つまらないダジャレのようなタイトルだが、
家の庭で目を疑うようなバッタを見つけた。

驚きはそのサイズである。

Giant False Leaf Kitydid1

Giant False Leaf Kitydid2

頭から羽先までのサイズは11cm。
パッと見て、それがまさか昆虫とは思わないほどの大きさだ。
見つけた時点ではすでに息絶えた後だったのだが、
撮影のために近寄るのがちょっと怖いほどのサイズ。

ネットで検索してみるとgiant false leaf katydidという名前らしい。
バッタ目キリギリス亜目なので、
バッタと呼ぶよりはキリギリスと呼ぶべきか。

未知との遭遇も田舎暮らしならではと言える。

 

停電

4月のカンボジアは暑い。
日中の気温は40度近くまで上がる。

エアコンの使用頻度も上がり、
電力使用量も通常より大きくなる。
恐らく、一年で一番電力使用量が大きい時期であろう。

プノンペンなどでは、
これが原因で電力が足りなくなり、
停電が発生してしまう。

先月のプノンペン出張時の停電も酷かった。
幸い滞在先のホテルには発電機があるために問題はあまり感じなかったが、
仕事で訪れた相手先の事務所もエアコン停止により蒸し風呂状態、
それを避けるために入ったカフェも同様で、
電気の必要なアイスコーヒー等は不可、
作り置きしてあるアイスティーが辛うじて出せるといった状況。
大通りの信号機も止まっていた。

バッタンバン市内の停電は状況が若干異なる。
エアコンの普及率が低いため、
今のところ急激に電力消費が上がるということもなさそうだ。
電気はタイから送電線を伝ってくるため、
小さなこの町の電力消費をまかなうには十分とも思われる。

しかし、このタイからの送電線こそが問題の種なのである。
詳細はいつも不明ながら、
この補修やらアップグレードやらにより停電となるのである。
プノンペンの停電とは違い、
朝から晩までという長時間に渡るのがほとんど。
一昨日も朝7時頃から夕方5時頃までは停電であった。
事前通知もなしにである。

原因が何であれ、
この時期の停電は非常に辛い。

パソコンも使えず、エアコンも使えなければ、
我々現代人ができることは電力会社を呪う言葉を吐いて寝る位なものだが、
寝ようと思っても暑くて寝られない。

人類がエアコンと共に暮らしてきた期間などは、
人類全体の歴史から見ればごく最近の話のこと。
今だって農村に行けばエアコンどころか、
送電線すらないのだ。
などと言ってみたところで、
寒い国から来た我々には何の慰めにもならないのもまた事実である。

 

キャッサバセンター

バッタンバン大学がキャッサバセンタープロジェクトの実施が決定した。

日本政府の草の根・人間の安全保障無償資金協力により
高品質の種茎の生産に必要な施設と機材にが設置されるもので、
その後、同センターはこれら種茎の普及に努めることとなる。
ここで生産される種茎が普及することで、
近隣地域のキャッサバ生産量の増加が期待される。

一時低迷していたキャッサバの市場価格も若干持ち直しつつはあるが、
国際的な相場の上下がタイのバイヤーを通じ直に農家経営に影響する状況は変わらず、
ワーカーの不足、害虫など、
キャッサバ農家を巡る状況には難しい面が少なくない。

このプロジェクトによって、
少しでも状況が改善されることを期待したい。

 

支援米・支援ランドセル

日本の援助団体がカンボジアに支援米を送るという話を日本の報道で見ることがある。

統計で言えば、
カンボジアは国民が食べるのに十分な米を生産していることは間違いない。
最近では、百万トンの米の輸出が国家目標になるほど米が「余っている」状況である。

如何に日本など先進国の援助が現状に即していないかという話になりそうだが、
過去の農村で行った調査結果を見れば、
農村に行けば米が十分である農家がいるのも事実だから、
なかなか難しい問題であると感じてしまう。

米を作っている農家ですら、
米を売ってしまった後は米が足りなくなることは十分あり得る話なのである。

米は国内に余っているのに、
米を十分に買えない世帯があるというのは分配の問題である。
とは言え、金さえあれば米は買えるのだから、
米の分配というよりは富の分配の問題と言える。

日本のような国から米を送ったところでその量は十分ではないだろうし、
現金を送って足りないところへ分配するほうが効率がいいのも事実である。
しかし、仮に現金を送ったところで、
根本的な問題の解決にはなりえないであろう。

結局は富の分配の問題であるから、
その根本的解決は非常に複雑で、難しい。
日本の支援者の方たちにはその難しさを理解頂いた上で、
どのような援助ができるのか、援助をする必要があるのかを考えて頂くのがよいように思う。

中古ランドセルの寄付という話もあるが、
これについても同様であろう。
効率で言えば、現金を送って頂き、こちらでカバンを買うほうが優れているのは間違いがない。

「お金がないからカバンが買えない。買えないからタダであげる。」ということでは、
やはり根本的な解決にはなりえないのである。

 

バッタンバンの街路樹2

この時期、国道5号線沿いは黄色い花が満開である。

Ratchapruek1.jpg

Ratchapruek2.jpg

この花はなんだろうと思って地元民に聞いてみたら、
「タイの花」との答え。
それもヒントに樹木・果物図鑑調べてみると、
タイの国花「ラチャプルック」で間違いなさそうだ。

英語ではGolden Shower、
中国語では金急雨、
というのもおもしろい。

実は薬用、幹の皮は染色として使われる他、
建材としても使用されるというから、
単にきれいな花というだけではない。

夜のライトアップでもされていれば、
花見なんてのも悪くなさそうである。
(日中は暑くてそんな余裕はない。)

 

« »

04 2013
SUN MON TUE WED THU FRI SAT
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 - - - -
プロフィール

バッタンバン長

Author:バッタンバン長
カンボジア王国バッタンバン在住、バッタンバン長です。
バッタンバンを中心に、開発援助業務、大学講師、社会調査、日系企業進出・投資のお手伝い等をやっております。
お問い合わせ等は、下のメールフォームからお願いします。

記事の検索
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

ブロとも申請フォーム
QRコード
QR

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。