FC2ブログ

バッタンバンで晴読雨耕

バッタンバンを中心としたカンボジア北西部の情報ブログ-大学教育、地雷、農業、開発、投資に関する話題から ホテル、レストラン情報まで

 

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

 

ネズミ捕獲器3

調査本来の目的ではないが、
ついつい調べてしまっているネズミの捕獲器。

の農家さんがまた新たな種類の捕獲器を見せてくれた。

Rat Trap4

Rat Trap5

空き缶の中に米粒を置き、ネズミをおびき寄せ、
ネズミが缶の中の竹に触れた途端に缶の入り口の針金が締まる仕組み。

自然の中で食べ物を確保するという生活力はやはり素晴らしい。
つい憧れてしまうのだ。
スポンサーサイト

 

バッタンバンの満月

昨晩は満月であった。

先回はあいにくプノンペン出張中であったため、
ゆっくりと眺めることができなかった。

今回は自宅でゆっくりとと思ってはいたものの、
カメラ用のアダプターを取りつけてなどとやっていたら、
日本酒どころではなくなってしまった。

Full Moon

いずれにしても、
きれいな満月を拝むことができたのは何より。

高層建築が少ない町だからこその楽しみである。

 

カンボジア生活情報誌「ニョニョム」のバッタンバン特集

カンボジア生活情報誌「ニョニョム」の最新号(第63号)はバッタンバン特集である。

バッタンバン長としても見逃せない内容だが、
これがなかなか素晴らしい。
さすが、ニョニョムさんだ。

100年前の写真と現在の写真の比較だけで、
バッタンバンマニアは大満足のはず。

カンボジア国内にいらっしゃる方なら無料で手に入るので、
是非ご一読を。
国外の皆さんでどうしてもという方は、
デジタル版がオンライン書店で入手できるそうだ。

カンボジア第二の都市と言われながら
いまいち引きの弱いバッタンバンが徐々に注目されつつある(のかもしれない)。

 

トラクターの販売台数

以前、農業の機械化について書いたが、
2012年のカンボジア国内のトラクター販売台数が
前年を下回ったという報道が出ていた。

2011年は約45,000台が販売されたのに対し、
2012年は約36,000台であったそうだ。

Minsk社がカンボジア初のトラクター工場の準備を進める中、
トラクターが農家に浸透しきり、飽和状況になっているとは考えにくい。
農村で大型トラクターを所有しているのは一部の裕福な農家だけで、
小型の歩行トラクターか牛を使っての耕うんが今でも一般的だ。

農村の人手不足問題と合せ、
農機の浸透についても今一度考えてみようと思う。

 

2012年のマイクロファイナンス

2012年もカンボジアのマイクロファイナンスビジネスは大きく成長した。

2012年12月末日の統計を一年前と比べてみると、
その成長ぶりがうかがえる。

2012年の貸付残高は約893百万ドルで、
2011年の約644百万ドルから約39%の伸び、
ローンユーザー数も約115万人から約132万人と約15%の伸び。

敢えて、マイクロファイナンス「ビジネス」と書いたのは、
本来の目的である貧困の削減がどの程度達成されたのかが不明だからだ。
上記の数字は商売上の顧客数と売上の伸びしか示しているに過ぎない。

不良債権率も0.28%と低いままであるが、
何度か書いたようにこれ自体にはあまり意味はない。
土地を売ったり、更なる借金をして返済しているケースが多いと考えられるからだ。

2013年もその効果が不明のまま、
マイクロファイナンスは膨張を続けていくのであろうか。

 

Vy Chhe Hotel

この数年で増えたバッタンバン市内のホテル。

市場がある中心街からサンカエ川を渡ったエリアに集中的に増えているが、
その中でも比較的中心部に近い場所にあるのがこのVy Chhe Hotel。

Vy Chhe Hotel

すぐ近くにあるKing Fy Hotelと並び、
実利性、利便性の高いホテルとして、
ビジネスユースのゲストに人気である。

両者とも建物外装のゴテゴテした装飾は気になるところではあるが、
部屋の内装は程々に落ち着いている。

King Fyより若干割安(20ドル程度)だが、
その分、朝食はなし。
ローカルのゲストは、
「どうせ食事は外で」という方が多いので、
これはこれでアリの選択であろう。

インターネットのスピードも速く、
「とりえあず仕事メインで」という方にはオススメのホテルだ。

 

書籍 「君あり、故に我あり」

You Are, Therefore, I Am: A Declaration of DependenceYou Are, Therefore, I Am: A Declaration of Dependence
(2004/03)
Satish Kuman、Satish Kumar 他

商品詳細を見る
君あり、故に我あり (講談社学術文庫)君あり、故に我あり (講談社学術文庫)
(2005/04/09)
サティシュ・クマール

商品詳細を見る


和訳本の題名では分かりにくいが、
原著の題名「You are, therefore I am」は「I think, therefore I am」(Cogito, ergo sum)、
つまりは「我思う、故に我あり」をもじりである。

副題の「A Declaration of Dependence」は
アメリカの独立宣言(Declaration of Independence)をもじりだ。

これらは、
本書が西洋的な思想に対する東洋からのアンサー、
アンチテーゼになっていることを示す。

当然、ジャンルで言えば哲学書になるが、
一般的な哲学書のような難しさは感じられない。
4つに分けられたパートのうち、
前の3つが自らの生い立ちなどに関するもので抽象的が話が少ないことだけでなく、
「西洋的な思想」ばかりについて書かれる他の哲学書とは違い、
東洋的な視点で書かれていることもその理由であろう。

どの辺が「東洋的」なのか?
簡単に言えば、主体と客体を分けるような二分法に拠らないというところだ。
主体と客体を分けるような二分法なんて書いただけで
哲学が苦手な人はうんざりだろうが、
本書はそれを否定しているのだからご心配なく。

「我思う、故に我あり」の思考の枠において存在しているものは「我」だけである。
こうして自分だけを他者から切り離し、
自己中心的に考えるようになったのが、
近代以降、特に自然破壊著しい昨今の社会問題の始まりだという話だ。
非常に分かり易い話であろう。

Independenceについても同様である。
これを独立といおうが自立と訳そうが、
便利、自由といった言葉と並び、
一般的にはポジティブな意味で使われる言葉であるはずだが、
周りを無視し、自分だけindependentに生きていくなどとは奢りに過ぎない。

逆に、独立、自立の対義語である「依存」という言葉はネガティブな意味で使われがちだが、
これをポジティブに捉えていこうという発想の転換は面白い。
「共存」と訳せば、より共感も得られはずである。

共存の思想として、
クマールはヒンズーの教えにある「So Hum」という言葉を紹介する。
「Cogito, ergo sum」の対極にある言葉で、
本書の題名でもある「君あり、故に我あり」という日本語に訳されるそうだ。
この場合の「君」は、
自分以外の人間だけでなく、自然や宇宙といったものまで含まれると理解される。

共存し合う者、モノしかないのだから、
世の中を主体と客体を分けることはできないという見方である。

「禅とオートバイ修理技術」を書いたパーシグの苦悩は興味深いものであったが、
クマールの手にかかれば、
近代が持つ問題はこのように簡単に説明されてしまう。

思えば、パーシグもクマールの故郷インドへ学びに行ったものの、
これといった成果もないままに帰路についたのだった。
西洋思想にどっぷりであったパーシグにとって
東洋思想というのは理解しがたいものであったのかもしれない。

カンボジアは歴史的に見て、
ヒンズーと仏教に多大なる影響を受けた国である。
この社会を見る視座としても非常におもしろいものであるように思う。

個人的には東洋思想も学ぶことを決めた、
記念的な一冊である。

(以上、原著のみを読んだ感想です。念のため。)

 

中華正月明け

2月初めから、
前国王の葬儀、
中華正月とイベント続きであったが、
また通常の生活が始まっている。

と言っても、
プノンペンとは違い、
この期間中もバッタンバンでは大きな動きもなく、
通常も非通常もなかったようだ。

ぼちぼち、
こちらへの記事もアップしていこうと思う。

 

コンポンチュナン焼

バッタンバンから東へ200kmほどにあるコンポンチュナン。
(プノンペンからは西に100km程度。)
名産品は焼き物である。

州都近くの国道沿いには、
素焼きの焼物が売るお店が多く並んでいるが、
最近ではより洗練された商品も出つつある。

こうした動きの中心にあるのが、
日本財団の支援で進められているプロジェクト。
コンポンチュナンの伝統的な手法に日本の専門技術をうまく合わせ、
次々と新たな商品が生み出されている。

KChh2.jpg

これまでのカンボジアのお土産と言えば、
「とにかく記念だから。」、
「旅の思い出に。」、
「質はともかくも、地元の人らが頑張っているんだから。」
といった感じで、
商品の質で買われるものはそれほど多くなかったように思う。

コンポンチュナン焼は、
まさに質(使い易さ、芸術性)で勝負している商品と言っていいだろう。

KChh1.jpg

近いうちに窯を訪問させて頂く予定。
楽しみだ。

 

2012年地雷・不発弾被害者数

2012年のCMVISが発表された。

これによると、
2012年の地雷・不発弾の被害者数は185名で、
昨年の211名より減少。

内訳は、
66名が地雷、119名が不発弾の事故被害、
43名が死亡、142名が負傷。

州別の被害者数では、
バッタンバン州が34で最多、
プレアビヒア州(25名)、
オッドーミアンチェイ州(22名)、
コンポンチュナン州(21名)、
バンティアイミアンチェイ州(17名)と続いている。

 

前国王葬儀

プノンペンでは前国王の葬儀が始まっている。
テレビでは葬儀の模様や前国王を偲ぶ番組が放映されている。

バッタンバン市内では前国王の写真を掲げるお店や政府機関事務所も見られるが、
それ以外は至っては静かな乾季の週末。
近所からは結婚式のスピーチや音楽も聞こえてきている。

やはりプノンペンの行事という感覚なのであろう。

 

書籍 「禅とオートバイ修理技術」

禅とオートバイ修理技術〈上〉 (ハヤカワ文庫NF)禅とオートバイ修理技術〈上〉 (ハヤカワ文庫NF)
(2008/02)
ロバート・M. パーシグ

商品詳細を見る
禅とオートバイ修理技術〈下〉 (ハヤカワ文庫NF)禅とオートバイ修理技術〈下〉 (ハヤカワ文庫NF)
(2008/02)
ロバート・M. パーシグ

商品詳細を見る


数少ないカンボジア国内の書店でもよくお目にかかる本書。
原著はプノンペン市内のMonument Booksで購入した。

知らない人はふざけたタイトルと思ってしまうかもしれないが、
とても真面目な本である。
文庫版の帯によれば「世界で500万部!」とのことだが、
その割には日本ではマイナーな本だろう。(なので紹介する。)

これまで紹介してきた本とは違い、物語である。
物語の詳細なあらすじを書くのはご法度なので、
裏表紙を参考に大雑把にまとめれば、
記憶を失った父が息子や友人とバイク旅行をしながら、
自分の過去を辿り、思索を重ねていくストーリーというもの。
但し、実話。

物語自体については読んでのお楽しみということにして、
ここではその思索の部分のに注目したい。

そこでは、
テクノロジー(オートバイ)を手掛かりに、
副題にある価値の探究が行われていく。

「宴の経済学」と同じテクノロジーを巡る思索である。
そして、「わら一本の革命」同様、科学や合理性がやり玉にあげられる。
(4日連続停電のバッタンバンではそんな本ばかりを読んでしまう。)

パーシグは死んだ自分(記憶が消された自分)のことを「パイドロス」と呼ぶ。
修辞学の先生であったパイドロスは、
「テクノロジーと現代科学と西欧思想のすべての根底に潜む幽霊」を追っていた。
この幽霊の正体こそが合理性である。

「科学とテクノロジーが人間の精神に押し付ける混沌とした変化に、数多くのロマン的人間の心は動揺をきたしていた。・・・現代社会における危機の原因は、理性それ自身の本性に潜む遺伝的欠陥である。・・・現代の合理的思考様式は、社会をよりよい世界に変えてはくれない。それどころかまずますその世界から遠く連れ去ろうとしている。」(上巻、P.218)

科学とテクノロジーが人を不幸にしているというテーマは、
むしろもうお馴染みなものだ。
これらを生み出したものは、
心や精神と対極にある合理性、合理的思考なのだから、
これらによって現代社会の問題=人間の不幸を解決することはできないというのだ。

「・・・衣食住が確かなものとなった今、人々は(テクノロジー)の醜さに気付くようになり、精神や心を傷つけてまで物質的要求を満たす必要があるのかと問い続けている。最近では、テクノロジーは国家的な危機にまで発展してきている。汚染防止運動や反科学技術団体、さらにはそれをまねた生活様式に至るまで、さまざまなものが出てきている。」(上巻、P.306)

それでは、
傷ついていく精神や心に、
どう対処したらよいのだろうか?

「・・・この危機の原因は、現存する思考形式の無能さにあり、そのために難局に直面してもうまく対処できない・・・。危機は合理的手段によっては解決できない。なぜなら合理性そのものがこの問題の源だからだ。この危機を切り抜けようとしている人もいるにはいるが、それはあくまで感情だけを頼りに個人的レベルで行われており、理路整然とした合理性をすっかり放棄してしまっている。・・・この問題を解決するには合理性を捨て去るのではなく、逆にその本質を拡大するということなのだ。」(上巻、P.306-307)

かなり難しい話になってきた。
合理性では解決できないとしながらも、
合理性の本質を拡大するということで解決するということは、
具体的にどういうことであろうか?

物語の核心にも触れかねないため、
引用はここまでにしておくが、
この問題の解決にはクオリティというものが鍵となっていく。
そして、これはパーシグ親子の物語にとっても鍵となるものでもある。
果たして、そのクオリティとは何か?

カンボジアとは一切関係のない話にも思えるが、
今まさに近代化の道を邁進するこの国では、
この本を読んで考えることは少なくない。

「まずは読んでみて」という身も蓋もない書籍紹介の閉めになりそうだが、
そんなことを言いたくなる本である。
まずはご一読下さい。

 

« »

02 2013
SUN MON TUE WED THU FRI SAT
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 - -
プロフィール

バッタンバン長

Author:バッタンバン長
カンボジア王国バッタンバン在住、バッタンバン長です。
バッタンバンを中心に、開発援助業務、大学講師、社会調査、日系企業進出・投資のお手伝い等をやっております。
お問い合わせ等は、下のメールフォームからお願いします。

記事の検索
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

ブロとも申請フォーム
QRコード
QR

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。