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バッタンバンで晴読雨耕

バッタンバンを中心としたカンボジア北西部の情報ブログ-大学教育、地雷、農業、開発、投資に関する話題から ホテル、レストラン情報まで

 

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引っ越し完了

ブログの引っ越しが完了した。

さて、こちらのほうが使い易いであろうか?
とりあえずは、テスト記事の投稿になります。
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書籍 「わら一本の革命」

The One-Straw Revolution: An Introduction to Natural Farming (New York Review Books Classics)The One-Straw Revolution: An Introduction to Natural Farming (New York Review Books Classics)
(2009/06/02)
Masanobu Fukuoka

商品詳細を見る

プノンペンのMonument Booksでたまたま手にした本が(装丁がカッコいい)、
日本人の著作だと知り驚いた。


"Zen and the Art of Farming"

(禅と農の技術。ロバート・M・パーシング著「禅とオートバイ修理技術」のもじり。)


"Little Green Book"

(リトルグリーンブック。毛沢東著「毛沢東語録」通称「リトルレッドブック」のもじり。)


英訳本のバックカバーにあるこれらの評価が示すように、
本書は農業についての批評であるのと同時に、

その背景にある思想にも挑むものである。


農学を学んだ後、

横浜税関の植物検査課に勤めていた当時25歳の福岡が、
その職を辞めた理由は、

そのときの思いつきによるものだった。


その思いつきとは、
以下のようなものだ。


「人間というものは、何一つ知っているのではない、

ものには何一つ価値があるのではない、

どういうことをやったとしても、無駄である、無益である、徒労である。」(原著、P. 8)


「人知・人為は一切が無用である。」(原著、P. 44)


人知・人為が無用であるからこそ、

福岡は自然の力に従う自然農法を唱え、

それを実践することとなる。


自然農法とは、

1.不耕起

2.無肥料

3.無農薬

4.無除草

の4原則からなるものだ。


言わば現代農業へのアンチテーゼだが、

自身の40年近く(本書執筆時)に渡る実践の賜物である以上、

決して理想論ではない。

(これらは原則であるため、

実際には細かな作業があり、

完全になにもしないということではない。)


自然農法の基には、

無駄な人の業とは対照的な万能な自然という考えがある。
肥料や農薬をやらずとも、

自然に従った農業を行えば、

自然が土地を豊かにしてくれる。


その自然の恩恵を顧みず、

科学技術によってそれを破壊しているのが我々人間だと、

福岡は言う。


自ら自然を破壊しておきながら、

農薬だ、肥料だというのは、

自分で屋根に穴を開け、

それを修理する方法を見つけたと言っているのと変わりがないと。


そして、その科学技術の根底にある哲学こそ、

「我思う、故に我あり」というような

人間を中心とした西洋思想(近代思想)なのだと。


世界最大の防波堤の崩壊、

絶対安全な原子力発電所の事故、

開発による自然破壊、

人口増加による地球への不可、

そんなものを知ってしまった現在、

福岡の言葉はその重みを増しているようにも思われる。


「遅れた」カンボジアの伝統的な農法は、

むしろ自然農法に近い。

そこでは現金収入を生むための「農業」ではなく、

食べ物をつくるための「農」が行われていたとも言える。

今や近代化の道をまっしぐらだ。


我々は間違った道を進んでいるのであろうか。


原著は以下。


自然農法 わら一本の革命自然農法 わら一本の革命
(2004/08/20)
福岡 正信

商品詳細を見る

 

バッタンバンの稲作概況2

例年より若干早いように思われるが、

バッタンバンでは稲刈りシーズンが始まっている。


稲刈りの時期、

州内至るところで、

道路脇のスペースは乾燥中の籾に占領されてしまう。

刈入れを行うコンバインの数も年々増え、

今では全く珍しくないものとなった。


バッタンバンで晴読雨耕-稲刈り


先日 香米の価格について書いたばかりだが、

今週州内で調べたところ、

値段は下がり始めているようであった。

収穫が増えるに連れということであろう。


現在の籾の農家販売価格は、

品種によってR800~R1,120/kg(約0.2~0.3ドル)で、

香米と言われる品種でもR1,120/kgがせいぜいのようだ。
精米のFOB価格は700弱~1,000ドル弱。


全国的には、

日照りの影響により収穫量は昨年並み、

或いは昨年を下回るという見通しととの報道が出ている。


昨年は大きな洪水があったこと、

政府が米の輸出に力を入れていることを考えれば、

今年の収穫量が下がるということは意外な気もするが、

確かに、日照りでイネは辛うじて生き残った田んぼでも、

雑草が増えすぎたとの話も聞く。


これまで州内で見聞きした範囲では、

国道5号線沿いの平野部では、

3トン/haは収穫できているようではあった。


稲刈りは年末頃まで続けられる。

今後の動向にも注目である。


 

ホーチミン・エクスポ2012

ベトナムのホーチミン市の産業展「ホーチミン・エクスポ2012」が

市内で開催されている。


バッタンバンで晴読雨耕-HMCエクスポ1


バッタンバンで晴読雨耕-HMCエクスポ2


ベトナム、タイといったように国単位の産業展は過去に例があるが、

市が単独で同様のイベントを行うことは、

恐らく初めてのことと思われる。


初日に当たる21日は、

ベトナム大使館員らも出席しての式典が行われていた。


バッタンバンで晴読雨耕-HMCエクスポ3


出展ブースには、

靴、台所、食品といったものから、

肥料や機械といった産業向けの商品が並ぶ。

すでにカンボジアでのお馴染みの企業の出展もあり、

あらためて同市の産業の底力を見せつけられた思いがした。


バッタンバンで晴読雨耕-HMCエクスポ4


ベトナムやタイで、

プノンペン・エクスポが開かれる日は、

やってくるのであろうか?

バッタンバン・エクスポもいつの日か・・・


 

ASEANと水祭りと乾季の始まり

ASEAN開催によって、

プノンペンの主要道路は封鎖、

道路沿いの商店も閉店という措置が取られているようだが、

バッタンバンは至っていつも通り。

テレビで報道されるASEAN関連のニュースも、

まるで海外の出来事といった風。


前国王がお亡くなりになったことから、

来週の水祭りは中止とのこと。

通常10月末に行われるバッタンバンのレースも中止であった。


来週の連休自体はそのままなので、

渋滞でストレスフルな1週間を過ごしたプノンペン市民にとっては、

癒しの1週間となるであろうが、

バッタンバン市民にとってはいずれにしても、

ただの連休である。


水祭りの時期ともなれば、

いよいよ雨季も終わり。

10月から雨季の終わりのような天気が続いていたが、

11月に入って再び雨の日が続いている。

今朝も雨。


タイトルに「ASEANと水祭りと乾季の始まり」と書いたものの、

バッタンバンには訪れていないものの話ばかりになってしまった。


 

ネズミ捕獲器

農村で見つけた野ネズミの捕獲装置。


バッタンバンで晴読雨耕-ネズミ捕獲器1


野ネズミの通り道となっている場所に、

これを指し込んで置く。

ネズミが一番下の空間を通り抜けると、

竹の間に挟まる仕組み。


バッタンバンで晴読雨耕-ネズミ捕獲器2


今の時期はあちこちの池、小川、水たまりで投網で魚を獲る人たちを見かける。

ある家庭では、

自分たちで獲った捕魚をメインのおかずにしたため、

2週間の食費がR6,000(1.5ドル)で済んだそうだ。


野ネズミの捕獲も、

投網もできない自分に、

農村で生きる力はない。


豊かさ、貧しさ、能力、幸せ。

それらのモノサシについても考えてしまう。


 

マイクロファイナンスの貧困削減効果

以前も少し書いたが、

マイクロファイナンスの貧困削減削減効果は、

社会科学的に認められてはいない。


グラミン銀行創始者のモハマド・ユヌス氏及び同行のノーベル平和賞の授賞により、

一般的にはそうしたイメージが広がってしまったのかもしれないが、

同賞の受賞理由も、

「社会経済発展のための努力」であり、

その成果が認められたということではない。


現在、この効果の測定には、

RCTという調査法を使うのが主流となりつつある。

これまで実施されたいくつかのRCT調査においては、

マイクロファイナンスによってユーザーの所得が上る

と言えるだけの根拠は見つかっていない。 


つまり、

マイクロファイナンスに貧困削減効果はないという結論である。

自分がユーザーになったと考えれば、

理解もし易いであろう。

1,000万円を融資を受け、

翌年までに1,300万円返済し、

且つ収入を増やす自信がある人はどれだけいるだろうか?

(バン長にそんな自信はない。)


貧困削減、援助ではない支援を謳って出資者を募ってきた各MFIsにとっては

こうした話は耳の痛い話だろうし、

これまでそれを支持してきた人たちにとっても

残念な話であろう。


しかし、そこに借りたい人がいる以上、

貧困者の生活に何らかの役割を果たしていることも否定はできない。

貸手は開き直るでも、意地を張るでもなく、

具体的に何がうまくいっていないのかを調査・検討し、

サービスの改善に務めて頂くのがよいように思う。

(また、あたかも貧困削減に効果があるような宣伝は自重すべきか。)


現在、バッタンバンの農村で行っている調査は、

RCTではないが、

マイクロファイナンスを含めた金融ツールが果たしている役割を観察するものだ。


所得向上以外の役割にも注目していこうと思う。


 

宗教と言語と開発

バッタンバンで出会う英語の上手な学生には、

キリスト教組織で学んだという者が少なくない。


日本でも内村鑑三や新渡戸稲造、新島譲など、

キリスト教と英語という入口から、

近代日本の礎となった人物が出ている。

構図としては似ているのかもしれない。


今のここの状況で言えば、

英語を学べばいい仕事に、

改宗すればいい人生に、

教育を受ければより近代的に、

ということか。


正解は常に、

彼ら(オクシデント)の側に、

そういうことか。


オリエントの憂鬱を感じずにはいられない。


「先進国」のオリエント人としては、

我々がパラダイムシフトを行うべきなのだが、

どうしたものか。


 

プロジェクト

この言葉に限らず、

カタカナ言葉は厄介なものである。

漢字であれば、

その意味から言葉全体の意味を察することもできるが、

カタカナ語ではそうはいかない。


カンボジアで行われているボランティア活動などを見ていると、

この言葉、

「挑戦的事業/活動」、

「目的を持った活動」

といった意味で使われることが多いように思う。


うるさい話かもしれないが、

言葉の本来的な意味からすれば、

これでは不十分だろう。


定義の仕方も様々ながら、

本質的なところで言えば、

プロジェクトとは、

「具体的な目標を達成するための有期の計画及びその作業」

といったものだ。


開発援助のプロジェクトということであれば、

「社会における問題解決(目標)のための有期の計画及びその作業」

という意味になろう。


問題解決なのだから、

問題の定義と分析は必須となる。

どのような社会問題が存在しているのか?

どのような原因によるものか?

言葉でいうのは簡単だが、

複雑な世の中に単純な因果関係を見つけることはそう容易ではない。


また、プロジェクト実施前の状態を把握しなければ、

具体的な目標の設定も難しい。

現在の体重を知らずに、

「10kg痩せる」という目標を立てる訳にはいかないのと同じことだ。

事前調査、ベースライン調査は必要である。


実施後に目標が達成されたかどうかの確認も必要だ。

3カ月食事量を減らしても、

体重を量らなければ本当に10kg痩せたかどうかは分からない。

事後調査もお忘れなく。


「〇〇プロジェクト」のような団体名などに使用されている例も見受けるが、

個々の事業においては、

やはり同様の枠組みを持っておかないと、

ずるずると活動を続けることになりかねない。

10年とダイエットを続けてしまえば、

ダイエットを継続することが目的のようになってしまう。


細かい話かもしれないが、

ご参考まで。


 

BTB Mall

不動産ブームの頃に建てられた

バッタンバン初の近代的なショッピングセンター「BTB Mall」。


バッタンバンで晴読雨耕-BTB Mall 1


新しいものは、いいものである、

という非常に明確な基準を持ち合わせる国民からすれば、

エスカレーターがあるというだけで行かずにはいられない場所の1つだ。


州内唯一のエスカレーター。

西部でもこれに乗れるのは、

シェムリアップのラッキーモールとここだけ。


中はいまだに空き店舗があるような状況ながら、

一部の店はそれなりに繁盛している。

洋服、化粧品の店が中心のラインアップ。


Mallを囲むようにして長屋構造家屋が並んでいるが、

一部は建設中、多くは空き家。

空き家は商売への利用が想定されるため、

賃貸価格は高めに設定されている。


バッタンバンで晴読雨耕-BTB Mall 2


賃料を下げてという発想もあるのだろうが、

一度下げたものはあげにくいということのようだ。


色んな意味でまだまだのエリアだが、

これからのエリアと言っておきたい。


 

Khemara Battambang I Hotel


バッタンバンで晴読雨耕-Khemara BTB 2


市内に2つあるKhemara Battambangのうち、

より新しく、より大きいのがこのKhemara Battambang I Hotel。


(市内中心に近いKhemara Battambangの名称は、

「I」のつかないKhemara Battambang Hotel。

こちらは市内中心により近く、

コンパクトな宿泊施設。)


Khemara Battambang I は、

市内中心から若干離れてはいるものの、

その分、駐車場も大きく、プール、レストラン、スパ、カラオケも併設。

宿泊棟も複数あり、

客室数も多い。


バッタンバンで晴読雨耕-Khemara BTB I 1

宿泊料は1泊15ドル程度(朝食別)で、

宿泊客は、

欧米からの団体客や、

NGOなどの地方出張者が中心。


リゾートホテルとビジネスホテルのちょうど中間のようなホテルである。


(写真: 上が新館で、下が旧館。旧館は部屋によってはカラオケがうるさいので、新館のほうが無難かもしれない。)



 

米の相場と利益率

地元英字紙のPhnom Penh Postに、

コメの相場に関する記事が出ていた。


香米(籾)の値段が、

短期間の間に、

キロ当たり1,300~1,500リエル(約0.3~0.4ドル)で上限を繰り返しているといった内容。


取引が制度化されていない現状では、

こうしたことは十分起こりえる。

何らかの理由で買手が増えれば、

値段が上がるというだけの非常にシンプルな話だ。


むしろ注目すべきは、

長期的な相場の推移や

生産コスト、利益率である。


同記事には2010年の価格が1,000リエル(約0.25ドル)であったとされている。

自分の記録を見ても、

過去5年程上り続けていることは間違いない。


以前、コメは薄利 だと書いたが、

数年前の政府試算では、

約300ドル/haの売上に対し、

約100ドル/haの生産コストであった。


この計算ではha当たりの利益は200ドル。
大きくて5ha程度しか持たない一般的の農家(平均5人)では、

1,000ドルの年収、

1日当たり1ドル以下の生活となってしまう。


カンボジアの富裕層は、

数百ha単位でコメの栽培を行うが、

上記の数字を当てはめれば、

100haの収穫で20,000ドルの利益。

天候という不確定要素を考えれば、

それを死守するのもそれほど楽な話ではない。


現在の相場が1,400リエル/kgとし、

単収を2.5t/haとすれば、

売上は875ドである。


これに係る生産コストは、

どの程度まで上がっているのであろうか?


タイへの出稼ぎが増えるにつれて上がる人件費や、

コメ相場と連動して上がる種籾価格、

機械化に必要なオイル価格の高騰。

不安要素は少なくない。


稲作を国の成長産業として考えるにしても、

貧困削減の鍵と考えるにしても、

重要な問いである。


 

ビンロウ


バッタンバンで晴読雨耕-ビンロウ?

あまり気にもしていなかった家の裏の木に

赤い実がなっていた。


ビンロウの木だろうと思いきや、

お手伝いさんい言わせれば、

これは噛まないほうの木らしい。

ビンロウの実を噛む習慣はアジア各地で見られ、

バッタンバンの農村でもこの実を噛んで

口の中が真っ赤になっている老人を見かけることがある。


以前台湾に居たときに、

道路沿いに並ぶネオンが眩しいお店に興味本位で寄ってみたら、

ビンロウ売りだったということがあったが、

そのような店はカンボジアでは見たことがない。

市場では売ってるとのことだ。


噛む実のなるビンロウの木は背丈が大きいらしい。

この噛まない木のほうはせいぜい5m位。


で、この「噛まないほうの木」とは一体なんという植物なのだろうか。


追記:

家の大家が来たときに、

この実は歯にいいと言ってかじりだした。

覚醒作用はないらしい。

 

投資詐欺

数日前、土地使用権 の問題について書いたばかりだが、

日本のマスコミ報道によれば、

一昨日、カンボジアへの架空の投資で資金を集めた詐欺事件で

容疑者が逮捕されたそうだ。


架空の投資話で16億円以上も集めたというのだから、

驚きである。


類似の詐欺は過去に他国でも発生しており、

今度はカンボジアがそのネタとなったということであろう。


この投資詐欺では、

北東部でのコーヒー栽培等が投資対象に挙げられていたそうだ。

最近の状況はよく分からないが、

北東部でコーヒー栽培が行われていたのは事実であり、

そうした事実もうまく利用されている。


この国が経済成長を遂げる中、

この手の話は今後増えていきそうな気もしている。

次は他の作物か、

何かの養殖か。


いずれにしても、

うまい話にはご注意下さい。


 

「Holiday in Cambodia」

カンボジアで連休の多いこのシーズン、

会話の中でつい、

「...too many holidays in Cambodia...」等と言ってしまう。


そんなことから思い出したように、

Dead Kennedysの「Holiday in Cambodia」を聴いてみることにした。

あらためて歌詞に注目しながら。


歌詞は、

いわゆる先進国で分かった気になっている人らに、

(当時クメールルージュ支配下にあった)カンボジアを例に、

世の中には想像もつかないような厳しい現実があるんだというような内容。

ポルポト政権への批判的な意味もあったであろう。

(パンクの歌詞をまとめるというのは難しい。)


平和になった現在のカンボジアだけを見れば、

Holiday in Cambodiaというフレーズは、

全く違った状況を思い出させるから面白い。


カンボジアを訪れる旅行者にとって、

それはアンコールワットであり、のんびりした旅の時間であろう。

また、

在留外国人にとっては帰国、海外旅行のチャンス、

プノンペン市民にとっては渋滞の先のリゾート、

農村では出稼ぎ者の帰郷、寺の行事

という感じであろうか。


いずれも、

パンクな「Holiday in Cambodia」が

似合わなさそうなシチュエーションばかりである。


 

書籍 「Anatomy of a Crisis」

Anatomy of a Crisis: Education, Development, and the State in Cambodia, 1953-1998Anatomy of a Crisis: Education, Development, and the State in Cambodia, 1953-1998
(2000/04)
David M. Ayres

商品詳細を見る

カンボジアの歴史書の中でも、

教育史に特化した珍しい本。
2000年にハワイ大プレスから出版され

その後、2003年にタイのSilkworm Books社からも出されたものだ。


本書は1953年の独立から1998年までのカンボジア教育史だが、

単に歴史的出来事を並べるだけでなく、

そこから1つの問題の型を見つけ出し、

その「クライシス」を分析するというのが狙い。


問題があるとの結論であるから、

その見方は非常に厳しい。


本書がいうところのクライシスとは何か?

それは、

「教育制度とそれが経済、政治、文化的分野において本来果たすべき役割の間に生じた溝、そしてその産物」

(P.3、バン長訳)であるという。


もう少し分かり易くまとめれば、

カンボジアの教育には、

未来をつくるため、そしてそれを担う国民のつるくための機能と(ポルポト政権下は例外)、

国のリーダーたちの自己正当性や権威性を創出、維持するため機能があり、

真逆の性格を持つこれら2つの機能が

衝突を繰り返してきたということになろう。(P.3-4)


「絶対的権威の枠組みにおけるモダニティの推進」(P.186)

といった表現も使われている。


こうした見方からは、

パウロ・フレイレが「被抑圧者の教育学」で展開した

銀行型教育への批評が思い出される。

少し長いが引用しておこう。


「教師は、生徒にたいして必然的な対立物として自らを演ずるようになる。

生徒の無知を絶対的なものをみなすことによって、

かれらは自分自身の存在を正当化するからである。」

(P. 67、亜紀書房、小沢有作などの訳)


「支配権をにぎる少数者によって命令される目的

(それによって多数者は自らの目的をもつ権利を奪われている)に、

多数者が完全に順応すればするほど、

それだけ容易に少数者は命令を続けることができる。

銀行型教育の理論と実践は、

この目的にきわめて効果的な役割を果たす。」

(P. 74、同上)


本書における著者の指摘や主張は、

カンボジアの教育史、

つまり過去の状況に関するものであるが、

経済格差が広がりつつある今、

その現代的意味を考えてみる必要もありそうだ。


カンボジアの教育というと、

学校が足りない、教師が足りないというコンテクストで語られることが多いが、

学校も教師も足りている日本においても教育の問題が皆無ではないように、

この国の教育についても、

広い視野で考えていく必要があることだけは間違いないであろう。


パウロ・フレイレの著作は以下。


被抑圧者の教育学 (A.A.LA教育・文化叢書 4)被抑圧者の教育学 (A.A.LA教育・文化叢書 4)
(1979/01/01)
パウロ・フレイレ

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対タイ貿易量の増加

新聞報道によれば、

2011年第3四半期までのタイとの貿易量は、

前年同期に比し40%の増加とのこと。

(統計に出ないものも実際には多いと思われるが。)


以前、食品輸入 について書いたように、

経済成長により輸入品のニーズが高まり、

タイからの輸入を後押しているのという構図。

一時悪化していた両国間の関係も安定してきていることも追い風となっている。


今月末には、

バッタンバン市内で、

ホーチミン(ベトナムではない)の貿易・物産展のようなものが開催される予定。


隣国の経済攻勢により、

カンボジアは一次産品の生産を行い、

加工品を購入するというポジションに追いやられているように感じてしまう。


内需を満たす国内産業の強化、

一次産品輸出からの脱却は、

今後の課題であろうか。


 

農業技術の普及

農業技術普及事業に関わる方と話をする機会があった。


同様の事業に関わった経験があるが、

農業技術普及というのは、

それほど容易なことではない。

この方もその難しさを感じられているようであった。


村レベルで生産性が上がるとされる新しい技術を学ぶ機会を設け、

住民に参加してもらう。

感謝もされるし、実際自分の田畑でそれを試す参加者もいる。

しかし、それで劇的に状況がよくなることは稀だ。


その技術が実施地の状況に対し適正なものではなかったのか?

或いは、そもそもあまり効果のないものであったのか?


導入される技術は、

多額の資本や機械などを使うようなものではなく、

農村の状況に適したローテクなものである。

また、単収を上げることに効果があることも科学的に証明されている。
それでは何故期待どおりの結果が出ないのか?


その答えは、

以下の2つであるように思う。


1つは、結局とのところ、

この国の農業は天水に頼らざると得ないというものだ。

如何なる農法を使おうとも、

水がなければどうしようもないという単純な話である。


(灌漑設備があったとしても、

水を汲み上げる仕組みでありコストがバカにならない上、

灌漑の整った土地は事業とは無関係の富裕層が所有している場合が多い。)


今年の稲作もこのいい例で、

7,8月の日照りによってコメが枯れてしまい、

雨の多い9月に改めて耕作を始める農家が少なからずいた。


2つ目は、

1点目とも関連するが、

経済合理性によるものだ。


天水頼みの農業である以上、

成果はどうしても博打的になってしまう。

手間をかけようがかけまいが、

結局お天道様次第ということでは、

時間をかけて諸策をつくすことは、

経済的に非合理的なものとなりかねない。


日本人的感覚からすれば、

手間暇かければいいものができると思いたいところだが、

つくっているのはハイエンド向けの作物ではなく、

ほぼ買手の言値で買われていく作物。


このような状況に置いて最も合理的な方法は、

農作業は最低限のものとし、

余った時間で別の仕事を行うというものになろう。

(実際、これが一般的な農民の暮らしである。)


比較的原始的な農業が行われているカンボジアにおいて、

技術普及や生産性の向上は簡単なように見えて、

実はなかなか奥の深い問題なのだ。


 

カンボジア土地使用権に関する問題

独立行政法人国民生活センターによれば、

日本で「カンボジア土地使用権」の売買を巡るトラブルが多く発生しているそうだ。


詳しくは、

同センターのサイト に掲載されているが、

カンボジアに住む人間としても気になる話である。


リゾート地の使用権を買った後、高値で買い取るというパターン、

農地の使用権を買って、農業で儲ける或いはこれを転売して儲けるというパターンがあるとのこと。

いずれでも、

儲けが出ることはなく、

ただただ金だけを取られるばかり。


この手の話では、

よく分からないが儲かりそうと思わせることが重要で、

国名がカンボジアである必要すらないのであろう。

勝手に名前を使われているカンボジアからすれば、

迷惑な話である。


経済成長著しいカンボジアではあるが、

他国同様、

そんな簡単な儲け話があるはずはないので、

ご注意下さい。


 

My Dollar Store


バッタンバンで晴読雨耕-My Dollar Store


川沿いの新しいフラットの一角に、

My Dollar Storeなる店がオープンした。

場所は以前教育局があった場所。


ここはアメリカのチェーン店で、

商品を入れる袋には、

世界最大の1ドルショップのフランチャイズと印刷してある。

インターネットで調べてみると、

アメリカどころか世界展開をしていると書かれていた。


プノンペンでも見たことがないので、

Family Mart的な出店かと思えば、

そうでもなさそうだ。

(つまりは正式なフランチャイズ。)


店の中には、

棚には1.59ドルやら1.99ドルやらの商品が並んでおり、

必ずしも1ドルではない。

取り扱っている商品は、

日用品から食品、飲料まで幅広い。

市場での交渉が面倒な人、

相場が分かりにくい旅行者などにも便利な店だろう。


継続的な商品の入荷がどこまでできるかが、

今後の営業の鍵と思われる。

(この店だけのために海外からの商品を補充するというのは、

大変ではないだろうか。)



(追記)
My Dollar Storeはプノンペン進出の後、
バッタンバン店は閉店。
トゥールコークにある(あった)プノンペン店のその後については未確認。

 

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プロフィール

バッタンバン長

Author:バッタンバン長
カンボジア王国バッタンバン在住、バッタンバン長です。
バッタンバンを中心に、開発援助業務、大学講師、社会調査、日系企業進出・投資のお手伝い等をやっております。
お問い合わせ等は、下のメールフォームからお願いします。

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