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バッタンバンで晴読雨耕

バッタンバンを中心としたカンボジア北西部の情報ブログ-大学教育、地雷、農業、開発、投資に関する話題から ホテル、レストラン情報まで

 

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書籍 「The End of Growth」

The End of Growth: Adapting to Our New Economic RealityThe End of Growth: Adapting to Our New Economic Reality
(2011/08/09)
Richard Heinberg

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本書における著書の議論は以下の一文に集約される。


「Economic growth as we have known it is over and done with.」
(私たちが慣れ親しんだ経済成長というものは、すでに過去のものである。)


資源の限界から、将来的な経済成長の鈍化、或いは否定する考え方は以前から存在していたが、
著者のハインバーグは、
①枯渇していく資源、②環境への負荷に加え、③金融の破たんをその理由に、
将来的にではなく、すでに経済成長の時代は終わったのだと主張する。
2007年からの世界的な金融危機がこの時代の境目であったというのだから、
それから5年近くも経ってしまっていることになる。


金融の破たんによる経済成長の終焉というのは、
家庭、国家、企業、金融のいずれにおいても経済成長は借金を前提としたもので、
今やその借金額が限界に達してしまっているという見方である。


借金額が限界に達したか否かについては、
各国の状況や各人の捉え方にもよって意見が分かれそうだが、
いずれ限界を迎えるという点について異論は少ないように思われる。


技術革新によって再び成長の時代がやってくるのではないかという期待に対しても、
著者は冷やかな見方を示す。
つまり資源にも限界があることに変わりはないという訳だ。


成長の時代の後には、
どのような時代がやって来るのかという問いについては、
次のように応じ、経済成長に取って代わる新たな方向性についての議論を紹介している。


「The end of economic growth does not necessarily mean we've reached the end of qualitative improvements in human life.」
(経済成長の終わりは、生活の質の向上の終わりを必ずしも意味するものではない。)


新たな方向性として示されるものは、
ブータンのGNH(Gross National Happiness)や
フランスのサルコジ大統領の下で結成された新たな社会成長指標の検討委員会
(Commission on the Measurement of Economic Performance and Social Progress、ジョセフ・スティグリッツ委員長)の報告などで、

人々の生活への満足、幸福に関するものだ。


日本にもおいても鳩山政権が国民の幸福度に関する調査を行うと発表したり、
こうした流れが広がってきているように思われるが、
一連の提案が「富の魅力」に打ち勝てるかどうかは大きな疑問ではないだろうか。


ハインバーグ自身こうした疑問を重々承知し、

次のように指摘する。


「Our problems are solvable in principle[, i]f we are willing to change our way of life and the fundamental structure of society...But our society as a whole is not inclined to do what is required to solve them, even if the consequences of failing to do so are utterly apocaliptic.」
(私たちが生活の在り方や社会の基本構造を変える意志があるのであれば、我々が現在抱えている問題は解決可能なものである。しかし、それをやらなかった結果が世紀末的なものになると分かってさえも、社会全体としては、それを行おうという流れにはならないものだ。)


ハインバーグの議論は論理的に同意できるものだが、

日本のように平均年収が下がり続けている社会においては、

「成長」ではなく「現状維持」が問題であり、
お金の価値自体も相対的に上がってしまっているのが実情であるように思われる。


ソビエト連邦が崩壊し、
フランシス・フクヤマが「歴史の終わり」で
アメリカ型資本主義こそが社会発展の完成形であるとの主張したのがたかだか20年ほど前であることを思うと、
時代の流れの速さにはあらためて驚かされる。


開発の現場、最前線というと、
カンボジアを含めた「途上国」であると考えられているが、
こうした議論を読むと「先進国」こそがその最前線であるようにも感じてしまう。


「先進国」がこうした状況では、

「途上国」は何を目指して途上しているのか、

分からなくなりそうだ。


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KINGDOM GOLD缶


バッタンバンで晴読雨耕-KINGDOM缶


新しいビールを見つけたと思ったら、

KINGDOMの缶だった。


かっこいいデザインの瓶2種は知っていたが、

これは初めて見た。


瓶ほどではないが、

これもまあまあのデザイン。


未開封のため、

味は分からない。


 

バッタンバンの稲作概況1

バッタンバンで晴読雨耕-ジャスミン米


バッタンバンの農業と言えば、

やはり稲作、米である。


畑作は乾季後半に始められるものもあるが、

稲作の場合、雨季に入る頃に始められる場合が多い。

まさに「雨耕」である。


雨季の始めに土地を耕し、種を蒔き、雨季の後半に収穫をする、

これが基本パターンではあるが、

実際にはもう少し複雑で,

細かい分類が可能だ。


こちらでの一般的な分け方をベースに分類すると、

以下のようになると思われる。

(正確な統計ではないため、

若干のゆらぎはあると思われる。)


①極早稲(110~120日で収穫)

代表種: Sen Pidau、IR66、504等

栽培時期: 11月~2月、4月~7月

栽培が多い郡: トマーコール、プノンプルック


②早稲(210~240日で収穫)

代表種: Pka Runduol、Pka Malis、Somali等

栽培時期: 5月~11月

栽培が多い郡: クアクラロー、ロカキリ、バナン、バベル、サムロー、ラタナックモンドル、カムリエン、サンパウルーン


③晩稲(240日~300日で収穫)

代表種: Neang Khon、Neang Minh、Kamping Puoy等

栽培時期: 5月~1月

栽培が多い郡: モンルセイ、サンカエ、バッタンバン


④浮稲(110~120日で収穫、水深の深いところで栽培可)

代表種: Vea Sral、Vea Veng、Sdach Siem等

栽培時期: 11月~2月

栽培が多い郡: エクプノン


各地の農民たちは、

それぞれの土地条件や雨量、様々な状況に合わせ稲作を行っており、

バッタンバン州、バッタンバン米と一言で言っても、

このように様々な種類があることが分かる。


また、早稲を栽培しようと種を蒔いたが、

7~8月の小乾季に稲が駄目になり、

9月に極早稲の栽培に切り替えるといった柔軟な対応が取られることもある。


収量や価格などについては、

また別途書くことにしたい。


(写真はバイタン社のPka Malis米)


 

コミューン選挙


バッタンバンで晴読雨耕-選挙キャンペーン


6月3日(日)のコミューン選挙が近づいてきている。

今や恒例となった投票便前の禁酒令も発表され(6月2日、3日実施)、

雰囲気が出てきた。


プノンペンでは賑やかなキャンペーンが行われているが、

地方都市では比較的おとなしいものだ。

プノンペンのように最後方が見えないような車列もなく、

トラックの荷台でビートに合わせ踊る人たちの姿もない。


30分もあれば町の隅から隅まで行けてしまうようなバッタンバンの町で、

これを一日中やってる訳にもいかないのであろう。


ただ、「あれ?」と思うのは、

農村部に行った際に、

凹凸が激しかった道路に土が盛られ、

重機で均してるのを見たときだ。

「選挙前のアピール?」などと余計な勘ぐりをしてしまいそうになる。


ちなみに、

プノンペンまでの往復約600㎞、国道5号線沿いで見た選挙キャンペーンは、

野党のHuman Rights Partyの1グループ以外、

残りの10数グループは与党のCambodian People's Partyであった。

見落としやタイミングの問題もあるだろうが、

さすが第一党というところだろう。


(写真はプノンペン市内の選挙キャンペーン)


 

シェムリアップの賃貸不動産

アンコールワットで有名なシェムリアップの不動産、

賃貸住宅に関して言えば、

プノンペンやバッタンバンよりも安い印象である。


プノンペンが比較的高いのは、

首都だから、地価が高いからと言ってしまえばそれまでかもしれないが、

その背景として、とにかく借り手が多く、

数千ドル/月の物件でも借りることができる外国人等が多いことが挙げられる。

ただし、探せばクメール人向けなどの安い物件もあるので、

高いというよりは幅が大きいといったほうが当たっているのかもしれない。


バッタンバンは逆に借り手が少ないために、

賃貸物件自体が少なく(サービスアパート1件)、

手ごろな物件も増えないという状況と思われる。


シェムリアップが比較的安いのは、

外国人の借り手もそこそこいるが、

企業などの駐在ではない個人の方やいわゆる現地採用の方が多いため、

安くてmこぎれい物件に人気が集中し、

そうした物件が多くつくられていると考えられそうだ。


いずれにしても、

シェムリアップの地価が特別安い訳ではないので、

不動産賃貸をやっても回収まで時間がかかりそうである。


逆に言えば、

借り手にとっては非常にいい場所なのだが、

観光業以外の仕事を見つけるのはまだ難しいようだ。


 

書籍 「カンボジアの農民 自然・社会・文化」

カンボジアの農民―自然・社会・文化カンボジアの農民―自然・社会・文化
(2003/08)
J. デルヴェール

商品詳細を見る

カンボジアの農村社会に興味のある人にとっては、

たまらない一冊である。


原著がフランスで出されたのが1958年であるため、

出てくる統計など古い情報が多いのは当たり前だが、

この本の素晴らしさはこれらの記録が、

現在のカンボジア社会成り立ち、

その背景を説明する役割を果たしている点であると思われる。

また、自然環境や地理など、

現在でも十分通用する内容が多いことも名著と言われる所以であろう。


バッタンバン長としては、

やはりバッタンバンに関する記述をつい探してしまうのだが、

これがしっかりと収められているから嬉しい。


これによれば、

バッタンバンはアンコール時代に栄えていたと考えられるが、

その後はシャム(タイ)との戦争により徐々に廃れ始め、

水田の大部分は放棄されてしまったのだという。

18世紀にシャム(タイ)に占領された後も大きな発展はせず、

19世紀末には河川の岸辺以外の土地はほぼ無人の状態であったそうだ。


1907年にこの土地がシャムから返還された後、

再定住、再開発が本格的に始まったのは1920年代に入ってからで、

主に南東部スヴァイリエンやカンポットからの移住農民による入植によるものであったという。

それから約30年後の1950年代までには(1941~1946年は再びタイ領)、

バッタンバンにはカンボジアで最も広い水田(16万ha)を持つまでになったというのだから、

すごい発展振りである。

(ちなみに2000年代前半で約20万ha。)


また、世帯当たりの平均農地面積が、

他州では1ha以下なのに対し、

バッタンバンでは調査対象の郡全てにおいて1~2haと大きいことも、

特筆すべき記録である。


これも開拓者たちが農地を拡大していった当然の結果なのであろうが、

バッタンバンが「米どころ」と言われるようになった所以は、

こうした経緯や状況と関係しているのであろう。


ちなみに、

1950年当時の稲作は直播の雨季稲であったそうだが、

これは現在もほとんど変わっていない。


以上のように、

この本はカンボジア社会に関する貴重な記録の宝庫なのだが、

それが貴重な分だけ、

これが外国人によって残されたものであることが寂しくも感じられる。

現代においてもカンボジア社会の研究書は、

外国人によって書かれたものが大半であるという状況は変わっておらず、

今後、カンボジア人自らの手による自国の調査、研究が進められることに期待をしたいと思う。


 

JICAプラザ

プノンペンで立ち寄るようにしている場所の1つが、

JICAカンボジア事務所。


ここには一般にも開放されたJICAプラザというセクションがあり、

カンボジアや開発に関する書籍、資料の閲覧、

日本のODAやNGOについての情報収集等ができるようになっている。

(細かい相談等がある場合は、

事前に電話/メール等でアポを取っておくのがいいだろう。)


敷居が高いと思われがちな場所であるが、

セキュリティはしっかりしつつも、

フレンドリーな職員が多く、

敷居の高さは感じさせない。


所在地など詳しい情報は、

以下のウェブサイトをご参照下さい。


JICAカンボジア事務所 JICAプラザ


駐車場だけはいまいちなビルなので、

車で行かれる方はご注意を。


 

プノンペン‐バッタンバン間の交通事情


バッタンバンで晴読雨耕-国道5号線


何度行き来をしたか分からないが、

プノンペンへは国道5号線を東へ約290kmの移動である。

所要時間は5時間ほど。


この間にはバスも頻繁に走っており、

大手のバス会社であれば1時間に1本運行している。

夜の便もあったはずだ。

バスでの移動も休憩を入れると約5~6時間程度である。


南部回廊の一部である国道5号線は当然全て舗装されており、

車の数もそれほど多くないため、

移動に大きな問題はない。


大きな問題はないのだが、

ドライバー目線で言えば、

田んぼの中の一直線が多いため退屈なルートではある。


ただし、退屈だからといってぼーっとはしていると、

急な牛や犬の飛び出しがあるので注意が必要だ。


(写真は、国道5号線バッタンバン‐ポーサット間)


 

KURATA PEPPER

バッタンバンで晴読雨耕-KURATA PEPPER

気が付けば古いお付き合いになった「KURATA PEPPER」。


店主と若手の集まりでよくご一緒させて頂いていたのも昔の話。

気が付けばお互い立派な中年になってしまった。


カンボジア胡椒と言えばカンポット産が有名だが、

KURATA PEPPERの胡椒はコッコン州で栽培されたもので、

カンボジアのオーガニック認定も受けている。

そして、とにかく、おいしい。


個人的にはこの胡椒、

カンボジア土産に最適だと思っている。


プノンペンに行くときは用がなくとも、

店主との茶飲み話目的で寄らせてもらっているが、

店主、つまり生産者から直接話が聞けるのも、

ここのよさである。


先日フラリ立ち寄ってみたら、

庭先においしそうな胡椒が干されていた。


詳しくお知りになりたい方は、

以下のウェブサイトをご覧下さい。


KURATA PEPPER


(写真は天日干しされている胡椒粒)

 

プノンペン市内の渋滞


バッタンバンで晴読雨耕-プノンペン渋滞


渋滞のない町バッタンバンから行くと、

プノンペンへでの運転ではいつも嫌な思いをさせられる。


仕事のアポを取って、

そのとおりに動こうと思っても、

これがなかなかうまくいかない。


特に朝夕方のラッシュ時の混雑はなかなかなものである。

一旦住んでしまえば慣れるのだが、

たまに地方から行くだけだと、

ストレス、プレッシャーを感じてしまう。


プノンペンの人たちは我慢強いなあと思う反面、

隙間があればグイグイ入ってしまうので、

したたかというか。


公共の交通機関がないことも渋滞の原因ではあるが、

システムの導入だけなく、

市民の意識改革も必要であろう。


(写真は夕方のプノンペン中心部の状況)


 

南国フルーツジャム

バッタンバン大学の食品加工ラボでは、

学生たちが勉強の一環として、

パイナップルやマンゴーといった南国の果物をつかったジャムづくりに挑んでいる。


先日ラボに寄ってみたところ、

丁度、マンゴージャムの瓶詰めやラベル貼りの作業をやっている最中であった。


バッタンバンで晴読雨耕-マンゴージャム1

バッタンバンで晴読雨耕-マンゴージャム2


これらの品は市内のサンカエホテル内のHUBB 等で販売されていますので、

お土産に是非どうぞ。


 

孤児院

バッタンバン市内にはorphanage(直訳すれば「孤児院」)が少なくない。

近いところで言えば、

家の前の通りだけで2ケ所もある。


気になって少し調べてみたところ、

カンボジアにある孤児院数は、

2005年に153であったのが、

2010年には269までに増えたのだそうだ。


また、上記269カ所(うち21カ所が公営)の孤児院にいる子ども約12,000人のうち、

最低片親がいる子どもは72%(約8,700人)であるという。

(もはや「孤児院」と呼ぶのが適切かは分からない。)


UNICEFや国際NGOのFRIENDS(プノンペンでストリートチルドレンの問題に取り組む)は、

孤児院数の増加は外国人旅行者数の増加と関連があるのではないかと指摘している。


カンボジアを訪れた外国人の数は、

2005年に約140万人であったのに対し、

2010年には約250万人と大幅な増加傾向にあり、

旅行者による善意の孤児院訪問によって、

孤児院が子どもを使ったビジネスになってきているのではないか、

親の育児放棄を助長しているのではないかという指摘である。


UNICEFやFRIENDSは、

ただでさえ弱い立場にある子どもたちを、

身分の分からない外部者にさらすことで、

更に弱い立場へ追い込んでいるのではないかという懸念も示している。


善意の訪問者が多いのであろうから、

難しい問題であるような気もするが、

FRIENDSのディレクターであるSebastian Marot氏のスタンスは明確だ。


“Orphanages must be a safe place for children and not a tourist destination.
We cannot just go and visit orphanages in our own countries, so why in Cambodia?”


「孤児院は旅行者の訪問先ではなく、子どもにとって安全な場所でなければならない。

自分たちの国では孤児院に行かないのに、何故(旅先の)カンボジアで行くというのだ?」


上記の懸念については全く同感であるが、

同じUNICEFウェブサイトにある、

全国の孤児数63万人(0~17歳、2009年)という統計も気になるところである。


この数字はあくまで推測値であるが、

これが正しいとすれば、

孤児のほとんど(99.5%)は親以外の家族や親戚等に育てられており、

孤児と「孤児院」の間には非常に大きなミスマッチが生じているということになろう。


この問題に関心のある方は、

以下のUNICEF、FRINEDSのウェブサイト、

FRINEDSのパートナーである日本のNGO、C-Rightsのウェブサイトをご覧下さい。


UNICEF

UNICEF Cambodia Statistics


FRIENDS

When Children Become Tourist Attraction


C-Rights

懸念が広がるカンボジアの「孤児院ツアー」


カンボジアの孤児院は善意ある旅行者の財布を狙う



(追記)
UNICEFが60万人としてきた孤児の数は、
正確には56.5万人の「Single Orphan」と6.2万人の「Double Orphan」から成るそうだ。
前者は片親がいる孤児、後者は両親ともいない孤児。
1990年代中頃にHIV/AIDS孤児の問題が注目されるようになったことをキッカケに、
こうした定義を使用するようになったとそうだ。
56.5万人のSingle OrphanはHIV/AIDS孤児ということだろうか?

 

ストゥンバ国境チェックポイント(予定)


バッタンバンで晴読雨耕-ポイペト国境1


2013年を目途に、

ポイペト国境ゲートから数キロのストゥンバという場所に、

新たな国境チェックポイントが設置されるそうだ。


新たなゲートは、

商業用に特化されるとのことで、

現在、これに向けた準備(地雷除去)が進められているという。


ポイペトからバッタンバンを通りプノンペンへ抜ける国道5号線は、

バンコクからホーチミンへ抜けるGMSの南部経済回廊の一部であるが、

ポイペト‐アランヤプラテートの国境エリアは、

旅行者、小商い、商用貨物車両などが入り乱れ混沌としており、

なかなか整備が進んでこなかった。


新たなチェックポイントが整備されることで、

商業、観光の利便性が上がってくれれば嬉しいところだ。


ちなみに、

国境からシソポンまでは約50㎞の舗装路、車で40分ほど、

シソポンからバッタンバンまでは約70㎞の舗装路、車で1時間少々。


(写真は現在のポイペト‐アランヤプラテート国境エリア)


 

2012年初蛍


バッタンバンで晴読雨耕-蛍


昨晩、今年初めての蛍を見た(2匹)。


プノンペンやバッタンバンの町のど真ん中に住んでいると見ることはなかなかないが、

バッタンバンでもほんの少し町の中心から外れると蛍をあちこちで目にする。


カエルや虫が鳴き始めたのが、

4月の終わりだったか。


日本ほどではないかもしれないが、

カンボジアでもこうして季節が感じられるのである。


(写真は、昨年家のトイレで発見した蛍)


 

農業機械科の設立準備

バッタンバン大学において、

農業機械科設立のための準備が始まった。


以前、

「農業の機械化」 で書いたとおり、

農業機械の普及が急速に進んでいるが、

機械の維持管理に必要な知識や技術を持った人がほとんどいないのが実情で、

こうした人材の育成は農業国家カンボジアにとっては重要な課題と言える。


農業機械の普及によって仕事が減ったという農民もいると思われるが、

こうした人たちに技術を学んでもらうことで、

また新たな仕事が生まれることも期待できる。


当面は新学期の10月へ向けての準備となるが、

全ての環境が整うまではもうしばらく時間がかかるであろう。


長い道のり、

苦労が予想される。


 

書籍 「Just Give Money to the Poor」

Just Give Money to the Poor: The Development Revolution from the Global SouthJust Give Money to the Poor: The Development Revolution from the Global South
(2010/04/30)
Joseph Hanlon、Armando Barrientos 他

商品詳細を見る

画期的、挑戦的な本である。


この本が提示する議論は題名の通り、

「貧しい者には現金を与えよ」というものだ。

「魚を与えるのではなく、魚の釣り方を教える」という考えや、

専門家主導の開発援助を否定することにもなるりうるが、

途上国における実績や調査から説得力ある議論が展開される。


議論のポイントには以下のようなものが含まれる。


1.貧困削減政策の失敗と貧困者自身による貧困脱出

開発援助が非効率的、効果的がないという議論は数多くなされてきたが、

筆者らは開発の専門家による貧困削減事業よりも、

貧困者自身による取り組みのほうが効率的、効果的であると言う。


貧困者自身には十分な能力があるが(すでに魚の釣り方を知っている)、

それらを活かす為の資金がないだけだとするマイクロファイナンス機関(MFIs)に近い論理だろう。

2.社会保障としての現金給付

先進国も生活保護の制度があり、これを後進国でも適用すべきという議論。

社会保障がしっかりしていた国が今の先進国と呼ばれる国になった点や、

現在の先進国においても生活保護が貧困層の抑制に寄与している点も示されている。


3.条件なし給付

子どもを学校に通わせること等といった条件を付けて現金給付を行うシステムである条件付現金給付(Conditional Cash Transfer、CCT)については、

様々な調査結果から条件を付けることに効果が認められていないと反論する。

また、条件を付けた場合、この管理に費用がかさむことも問題として指摘している。


条件の有無に関わらず、

カンボジアで現金給付制度が試されたことはないと思うが、

実施された場合はどうなるのだろうか?


色々な想像が膨らんでしまう。


 

キャッサバ


バッタンバンで晴読雨耕-キャッサバトラック

(国境を行きかうタイのトラック。カンボジアを出る際には荷台は山盛りとなる。)


現在、カンボジアの農業でもっとも熱い作物はキャッサバであろう。

地雷原へ行ってもしっかりとキャッサバが植えられている。

(当然事故も起きている。)


タピオカの原料と言ったほうが分かり易いキャッサバであるが、

その用途は広く、

うまみ調味料などの食用から飼料用、工業用、バイオエタノール(燃料)の原料としても使われている。


キャッサバの国内生産量は、

2005年頃、50万t程度であったが、

2010年には、400万tを超えるまでに急成長したのだからすごい勢いである。


キャッサバ栽培は比較的手間がかからず、難しくないことから、

プノンペンや地方都市に住む比較的裕福なカンボジア人がこぞって参入、

この成長を後押ししてきたのだ。


バッタンバンで晴読雨耕-キャッサバ仲買

(仲買人による格付け作業)


順調に伸び続けるキャッサバの生産であるが、

問題がない訳ではない。


国内で生産されるキャッサバの大部分は、

タイやベトナムを経由して第三国へ輸出されているが、

昨年後半からこれらの国における作物相場の下落や、

ワーカーの賃金、トラクター燃料の高騰により利幅が小さくなりつつあるのだ。

単収の低い土地であれば、

利益を出すのも難しい状況であろう。


国内にもでんぷんや飼料の加工工場ができてきてはいるが、

それらが扱う量はまだまだ限定的である。

また、これら工場も国際相場によってその買い取り価格が左右されるため、

国内で生産されるキャッサバが全て加工できるようになったとしても、

全ての問題が解決する訳ではない。


タイで発生した害虫(コナカイガラムシ)の問題についても、

カンボジアで発生しないという保証はないのだが、

政府の対応は遅れている。


バッタンバンで晴読雨耕-デンプン工場

(カンボジア国内のデンプン加工工場)


キャッサバは現在国内の至るところで栽培されているが、
単収が国内一と言われているバッタンバン、パイリンのエリアで、

ha当たり40t以上というデータもある。
輸出先となるタイに隣接していることもこのエリアの強みだ。


この5年で大きな変化を見せたキャッサバを取り巻く状況。

次の5年でどのような変化を見せるのであろうか?


 

シェムリアップ‐バッタンバン間の交通事情

アンコールワットで有名なシェムリアップへの移動は、

数年前に国道6号線シェムリアップ‐バンティアイミアンチェイ(シソポン)間が整備されてから、

非常に楽になった。


特にバンティアイミアンチェイからシェムリアップまでの道路は道幅も大きく、

道路沿いに民家なども多くないことから、

快適なドライブを楽しむことができる。

(舗装前は単に道が悪いだけでなく、

雨季などは川が氾濫して通行できないようなこともあった。)


バッタンバンからシェムリアップまでの距離は約170㎞、

車で2時間半程度、

バスでも3時間ほどで行ける距離である。


プノンペンまでは約280㎞、

車で5時間、バスで6時間程度のため、

バッタンバンの最寄りの空港はシェムリアップ国際空港ということになる。


シェムリアップまでは船でトンレサップを渡って行くことも可能だが、

時間がかかるためあまり実用的ではない。


シェムリアップには日本食の食材を売る店やクメール以外のレストランが多くあり、

バッタンバン在住の外国人が休みの日に出かける場所としては、

丁度いい場所と言える。


 

「カンボジア投資ガイドブック」でみるバッタンバン

カンボジア開発評議会(Council for Development of Cambodia、CDC)が、

JICAの協力のもとにまとめた、

「カンボジア投資ガイドブック」には非常に有用な情報がまとめられている。


カンボジアへの投資を検討されている企業・個人向けにつくられたガイドブックではあるが、

自分で商売をされない方にとっても参考になる情報が盛りだくさんだ。

和文なのも嬉しいところ。


このガイドブックにおいては、

主要7州の投資環境が紹介されているが、

我がバッタンバン州もこの主要7州に含まれている。


これによれば、

バッタンバンの有望産業は以下のとおり。


1.農業(米、タピオカ、コーン、豆、その他の野菜)、畜産(牛、魚・ワニの養殖)

2.工業(精米、食品加工、鉱業)

3.完工(バッタンバンを訪問する観光客の数は毎年増加)

(以上、原文より引用)


また、投資促進に対する特長・メリットとしては、

以下が挙げられている。


1.タイ国境への隣接及び国道5号線、57号線の整備による、タイとの貿易拠点としての地理的優位性(国境の国際チェックポイントは1箇所及び4箇所の地域チェックポイント)

2.道路、鉄道、ボートなど、タイ、プノンペン、他州の主要都市への容易にアクセスできる整備された交通網

3.肥沃な土壌の恩恵を生かした様々な農産加工品の製造、および3つの大規模ダムに代表されるよく整備された灌漑設備

4.豊富な労働力、特に安価でかつ適切な教育を受けた若年労働者

(以上、原文より引用)


州内の今後の投資動向に注目である。


「カンボジア投資ガイドブック」は、

以下のCDCのウェブサイトにてダウンロードできる。


カンボジア開発評議会 ライブラリ


 

2012年雨季到来

4月のクメール正月前後はただただ暑いだけで、

その後も降りそうで降らない日々が続いていたが、

ここに来て本格的な雨季らしい雨の日が増えてきた。


乾季の終わりの頃の雨は、

マンゴーの季節に降ることからマンゴーレインとも呼ばれ、

しとしととした日本の雨に近い降り方をするが、

雨季の雨は日本でいう豪雨のような降り方をする。


最近の雨の降り方は、

まさに雨季のものだ。


プノンペンやシェムリアップでもこうした雨の日が増えてきており、

カンボジア全体が雨季に入りつつあるようだ。


州内の農民にとって、

忙しい季節が始まる。


 

バッタンバンの街路樹


バッタンバンで晴読雨耕-鳳凰木


バッタンバンで晴読雨耕-鳳凰木2


4月から5月、バッタンバンでは、

真っ赤な花をあちこちで見かける。


色々調べてみると、

これは鳳凰木(ホウオウボク)という植物で、

別名を火炎樹(カエンジュ)とする説もあるようだ。


地元の人は、

クメール語でDeum (Phka) Ka Ngauk、ダーム・(プカー)・カンガオ、

直訳すれば「孔雀の(花の)木」、

英語でもPeacock Flowerと呼んでいるが、

真っ赤なのに孔雀の花というのが不思議な感じではある。

きれいなものの例えということらしい。


この花、プノンペンや他の町でも目にするが、

個人的にはバッタンバンの花という印象が強い。


市内のサンカエ川沿いや道路脇だけでなく、

バッタンバンに入る手前の国道5号線沿いにも咲いており、

町に戻ってくるとなんとなく歓迎されている気分になってしまうのだ。


(写真は国道5号線沿いの鳳凰木とその花)


 

Family Martの進出(?)


バッタンバンで晴読雨耕-ファミリーマート


市内を車で走っていると、

日本で見慣れた看板と遭遇した。

コンビニの「ファミリーマート」である。


プノンペンやシェムリアップで、

「セブンイレブン」の数字を入れ替えた店名のコンビニを見たことはあるが、

バッタンバンのこの店は、ロゴも色もファミマそのものだ。


隣国のタイやベトナムには進出しているが、

カンボジアにも進出してきたのだろうか?


現在工事中の為、

事の真相が判明するのはまだ先となりそうだ。


(写真は件のコンビニ)


 

Shawarmaの屋台

看板も出ていない為、

レストランと呼ぶべきか若干躊躇するが、

バッタンバンの目抜き通りに中東のファストフード「shawarma」を売る店ができた。

バッタンバンで晴読雨耕-Shawarma 3


店と言っても、

店の前でshawarmaのネタになるチキンとビーフを焼き、

横のテーブルでピタに肉、野菜、タレを盛って包むだけ。

店内にはシンプルに椅子とテーブルが並んでいるだけなので、

屋台に近い感じだ。

今のところドリンクメニューもないが、

ビール等の持ち込み可とのこと。


バッタンバンで晴読雨耕-Shawarma 1

バッタンバンで晴読雨耕-Shawarma 2


早速試してみたが、

これがなかなかイケる。


プノンペンやシェムリアップではなく、

何故バッタンバンでshawarmaなのかは分からないが、

値段も手ごろでローカルにも人気が出つつあるようだ。


頑張って欲しい店である。



(追記)
閉店しました。
残念。

 

地雷除去跡地の利用例 有機綿花栽培

バッタンバンで晴読雨耕-有機綿花1


バッタンバンで晴読雨耕-有機綿花2


地雷除去は着実に進んできており、

除去が終わった州内の土地では様々な試みが行われ始めている。


地雷原の多くは個人所有(貧しい農民が多い)の土地であるため、

除去が終わった土地はそれらの個人にハンドオーバーされるが、

最近の統計によると、

こうした土地は農地として使われているケースが圧倒的に多い。


農地として使われるのだから、

当然これは貧しい住民にとっては経済的な助けとなる。


栽培される作物は主食のコメ、

丘陵地であればトウモロコシ、ダイズ、リョクトウ、ゴマなどが一般的だが、

珍しい例としては綿花がある。


これはNGO「Nature Saves Cambodia(NSC)」の支援によるもので、

地雷を取り除いた4haの土地で栽培を行っているのは、

地雷事故で足を失った被害者たちである。

収穫された綿から種を取り除き、糸を紡ぐ作業も彼らによって行われている。


糸になった綿花はプノンペン周辺の村に送られ、

染色と織りが行われて最終製品となる。

基本的には全て日本の市場向けの製品である。


地雷被害者が作っているからと言って、

哀れな彼らのために買って下さいというような話ではない。


通常農薬を大量に使って作られる綿花を無農薬で、

化学肥料も使わずに育て(オーガニックコットン)、

染め(草木染め)も織りも全て手作業で行っているからこそ、

その品質が評価されているのだ。


原材料としての作物を売るだけ、

加工は隣国でというのがほとんどのこの国において、

ここまでの流れができているのが素晴らしい。


このような流れが今後加速していくことを期待、応援したい。


(写真は地雷除去跡地に咲いた綿の花、糸を紡ぐ地雷被害者)


 

カンボジアのデジタル地図帳

アンコールワットに代表される遺跡も素晴らしいが、

それ以上のカンボジアに興味のある方にオススメなのが、

以下のサイト。


The Atlas of Cambodia


カンボジアの自然や農業、社会状況についてまとめたデジタル地図帳である。

ベースマップの上に、

様々なレイヤーを載せて見ることができるのがおもしろい。


デンマークの政府援助機関であるDanidaの支援によって作成されたもので、

インターネット上で公開されているデータに加え、

同名のアナログ地図帳も出版されている。


作成されてから6年ほど経ってしまった為、

アップデートが必要なところもあるが、

カンボジア社会の大まかな輪郭を見るのには十分だろう。


DanidaのAtlasの基データの1つになっているのは、

日本(JICA)の支援で作成された国勢調査で、

これは国家統計局(National Institute of Statistics, NIS)のウェブで見ることができる。


General Population Census


国勢調査もウェブの他、

一冊の本としてまとめられたものがNISで手に入る(有料)。

町中の書店などでコピー品も売られているが、

大抵は粗くて見にくい。


 

チュナンダイ売りの牛歩戦術

州内の僻地で行商に出会うことがある。

こうした行商は町から持ってきたプラスチックなどの日用品を売っている。

商店の少ない(ない)村や市場から遠い村などでは、

こういった商売が成り立つのだろう。


しかし、バッタンバンの町中となれば、

市場もあるし、商店も多い為、

行商はあまり目にしない。


などと思っていたら、

昨日、行商のキャラバン隊に出くわした。

かの有名なコンポンチュナンのチュナンダイ屋(素焼きの鍋、器、七輪)の一団である。

数を数え損ねたが5~10台から成る牛車集団であった。


バッタンバンで晴読雨耕-キャラバン


前から非常に気になっている存在のチュナンダイ行商。
全国を旅しながらチュナンダイを売って、

ちゃんと採算が取れているのであろうか?


今回は10日という時間をかけ、

約200㎞離れたコンポンチュナンからやって来たということは分かった。


1日当たりの移動距離が平均20㎞、

1日10時間移動するとして平均時速2㎞。

人間が歩くスピードよりも遅い。


国会で「牛歩戦術」というものがあるが、

チュナンダイ売りこそがリアルな牛歩戦術である。


この「牛歩戦術」、或いはそれを行うグループについて、

総グループ数(そういうものがあるか否かも含め)、グループ当たりのメンバー数、メンバーの出身地、性別、年齢、経験年数、年間移動日数、同移動距離、移動ルート、行商中の1日当たりの平均売上、平均支出(食費、宿泊代?)、平均所得等、

全体像が分かるようなデータが欲しい。


もう1つ気になるのは、

荷車の中にある藁にも在庫の土器が埋まっているのかどうか。

荷車の周りにぶら下がってる商品だけでは、

すぐに売り切れてしまいそうな気がする。


気になることだらけの、

チュナンダイ売りである。


(追記)

町中でキャラバン隊を見た次の日、

約15km北西の町でこれと同じと思われるグループに出くわしたという目撃情報アリ。

一日の移動距離はやはり20㎞程度なのであろう。


 

書籍 「淡々有情」

淡淡有情淡淡有情
(2000/02)
平野 久美子

商品詳細を見る

しばらく前に読んだ本だが、

カンボジア関連の本の中では、

印象深い本の1つだ。


1930年代、南方特別留学生としてバッタンバンから日本へ渡った留学生ウォンサニットのその後の人生、

そして、それを「母」のように支え続けた日本人女性の話。


自分が今住む町、

自分がよく知る2つの国の間に、

こんなことがあったんだという驚きを感じながらも、

いくつもの時代や国を飛び越えていく主人公の生き様=ストーリー展開にぐぐっと引き込まれてしまった。


カンボジアも舞台の1つであるだけに、

クメール・ルージュやら内戦やらといった話も出てこない訳ではないが、

それらはあくまで主人公が生きた時代背景の一部分に過ぎない。


「すごい人生だな。」くらいしか感想の言いようがない。


言葉にするのは難しいが、

主人公のお二人が眠られている寺(市内にある)に行って、

手を合わせてしまいたくなるのだ。


 

カンボジアの地方における株取引


バッタンバンで晴読雨耕-ACLEDAバッタンバン支店


2012年4月、プノンペンに証券取引所がオープンした。

上場したのはプノンペン水道公社1社のみであったが、

早速活発な取引が開始されている。


バッタンバンにおいては、

オープンから一カ月近く経つ今でも、

大半の人は「株とは何ぞや?」という感じだ。


彼らからすれば株などは、

「プノンペンのお金持ちがやるもの」という感覚で、

あまり興味もないのだろうが、

実はバッタンバンを始めとする地方都市でも株取引ができるのだ。


場所は国内では有名なACLEDA銀行の支店。

バン長はバッタンバン支店で株を買った最初の人間である。

支店の皆も、こちらも全てが初めての手続き。

当然、とんでもない時間が掛かった。


とんでもない時間が掛かったが、

個人的には非常に満足している。


株を買う目的は色々あろうが、

バン長的には記念である。

自分が住む国に証券取引所がオープンし、

自分が住む町で最初にその株を購入する。

そんな記念的な状況に対する満足感だ。


西宮神社で今年の福男に決まったような感覚、

マニアにしか分からない感覚かもしれない。


(写真はACLEDA銀行バッタンバン支店)


 

養豚業者

バッタンバンで晴読雨耕-養豚場の子豚


家からさほど遠くない距離に養豚場(豚舎計500平米程度?)がある。

ここは子ブタを専門に販売しており、

なかなかいい値で取引が行われている。


豚は農村の家の近く、数頭の規模飼われているのが一般的で、

この養豚場が売る子ブタは、

そうした小規模農家向けとなる。


なかなかおもしろいと思って調べてみると、

飼育されている豚の数は90年代以降急激に増加したものの

飼料(ペレット)の値上がりや、

近隣諸国から輸入される安い豚肉の影響により、

2006年辺りをピークに減少しているそうだ。


国内産の飼料も増えてきてはいるが、

決して安くはない。


USAID支援によるコミュニティベースの飼料生産プロジェクトいうのがあるらしいので、

時間があるときに調べてみようと思う。


 

農業の機械化

バッタンバンで晴読雨耕-クボタ

農業の機械化が急速に進んでいる。


統計がないので全体像の把握は難しいが、

以前からあった耕運機、トラクター(主に60馬力以上)に加え、

この数年ではコンバイン(クボタ製)の普及が著しい。


トラクターで言えば、

数年前は中古の機械を扱う店が町中に数軒、

新車を置いている店が1,2軒、

正規ディーラーも1、2軒といった程度であったが、

今では5号線沿いに大手メーカーの展示型店舗が並ぶまでになっている。

(最大手K社のディーラーではサービス体制もできているようで、

パーツがきれいに陳列されている。)


機械化の背景には働き手不足と賃金の高騰(1年で5割増、2年で倍と思われる)がある。

両者は関連していると考えるのが妥当だが、

これらはタイへの出稼ぎ労働者数の増加とも関連しているようだ。


100キロほど行けばタイの農園があり、

沿岸のほうへ行けば水産関連、

都市部に行けば建設現場がいくらでもある。

そうした場所に行けば300B(10ドル)/日のお金が稼げてしまうのだから、

そちらに人が流れるのは当たり前である。


タイへの出稼ぎ労働者数は、

人の動きは非常に早く、短期での行き来を繰り返す者、

正式な出国手続きを受けていない者も多い為、

正確には分からないが、

数年前の調査では40万人弱であると推測されていた。

今はもっと多いのかもしれない。


いずれにしても、

このような状況下、

労働者の確保、労働者を使っての利益確保が難しくなってきており、

農機を使うメリットが大きくなっているのだ。


カンボジアの田園風景は、

これから大きく変わってくるであろう。


(写真は国道5号線沿いの大手農機ディーラー)


 

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プロフィール

バッタンバン長

Author:バッタンバン長
カンボジア王国バッタンバン在住、バッタンバン長です。
バッタンバンを中心に、開発援助業務、大学講師、社会調査、日系企業進出・投資のお手伝い等をやっております。
お問い合わせ等は、下のメールフォームからお願いします。

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