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バッタンバンで晴読雨耕

バッタンバンを中心としたカンボジア北西部の情報ブログ-大学教育、地雷、農業、開発、投資に関する話題から ホテル、レストラン情報まで

 

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パイリンの宝石

ポイペト程の華やかさはないものの
数年前と比べてもカジノが増えてきたパイリンの町。
国道沿いにはキャッサバのサイロも多く見られるようになり、
今後は貿易の要所としての役割も増していきそうな雰囲気である。

パイリンと言えば、
以前はクメールルージュの砦の1つとして有名であった場所で、
そこで産出される宝石がその資金源になっていたと言われている。
パイリンの宝石と言えばルビーとサファイア。

今でも時折川床で大きな宝石の原石が発見された等というニュースも見られ、
以前は宝石採掘で一攫千金を目指す者もいたというような話だが、
宝石でもカジノでもなければ、
不動産や農業、貿易で一攫千金というのが現実的な流れである。

とは言え、
現在でも街道沿いには「パイリン産宝石」を扱う宝石商が店を並べている。

Pailin Gem

カンボジア人の知り合いからは、
「どうせ本物なんか売っていない。」という話も聞くが、
こちらとしてはどこまでが本当かは判断のしようもないところ。
カンボジア国内に偽物を作る技術はなさそうなので、
仮に偽物であっても輸入品ということで、
それなりに値段はするのかもしれない。

ルビーやサファイア以外にも様々な石があるようなので、
目利きに自信のある方は是非お試しあれ。
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オクラ栽培農家

パイリンのタイ国境近くでオクラ栽培を行う農家を訪れた。


バッタンバンで晴読雨耕-オクラ栽培農家


特に僻地に住む農家にとって最大のリスクは、

作物が買ってもらえるか否かということだが、

この農家では買付を行う企業と事前に契約を交わすことでリスクヘッジを行っているそうだ。


現在、収穫が行われているオクラは、

契約先の企業を通じ、タイの業者に送られた後、

日本等にも輸出されるという。


先日訪れたバンティアイミアンチェイのメロン農家も同様で、

このように農家と買い手、そして市場という流れをどう作るかが、

この国の農業振興の一番の課題であると思われる。


農村部に住む人たちが農業をやって儲かる仕組みをつくらない限りは、

貧困削減もなかなか進まないであろう。


 

Memoria Palace & Resort


バッタンバンで晴読雨耕-Memoria Resort1


パイリンの遊び場と言えば国境のカジノが定番であったが、

この数年でリゾート開発も進んできている。


「Memoria Palace & Resort」は、

パイリン市街地から少し離れた山の中にある

自然を満喫できる小さなホテルリゾートだ。


バッタンバンで晴読雨耕-Memoria Resort2


山に囲まれた静かな環境の中、

食事をしたり、

プールで泳いだりすることができる。


バッタンバンで晴読雨耕-Memoria Resort3


宿泊施設は全て独立した建物で、

プライベートの時間を楽しむことができるつくりとなっている。

2012年現在、下の写真にあるスタンダードルームのみだが、

更に上のクラスの部屋が建設中だ。


バッタンバンで晴読雨耕-Memoria Resort4


クメールルージュの最後の砦と言われたパイリンであるが、

今や観光地としても急激な発展を遂げつつあるようだ。


 

6年振りのパイリン

バッタンバンで晴読雨耕-パイリンの寺からの風景

バッタンバンで晴読雨耕-パイリンの寺の天井


6年振りにパイリンに行って来た。


昨年竣工したバッタンバンからの国道は(中国の有償)、

竣工前から補修をしているような状態だったので、

どんなものだろうと思っていたのだが、

山の間を走る曲線のドライブは、

低地の田んぼの間を走る国道、

未舗装のガタボコ道(もはや道でもない)に慣れた自分からすれば、

想像以上に気分のいいものだった。


パイリンの町も、

6年前と比べ、

随分と活気のある印象であった。


6年前の州都は砂埃まみれの町に宿泊施設が1件だけという記憶しかないが、

今は舗装が終わったために砂埃も少なく、

比較的きれいなホテルもいくつかできていた。

(当時1件だけあったホテルは今は廃墟となっていた。)


州都以上に変わったのは国境付近ではないだろうか。

当時は国境近くカジノがポツンと一件あるだけであったが、

今はホテル併設のカジノが数軒あり(どっちが主か分からないが)、

まともなレストランやお店も並んでいた。


パイリンを支配していたクメールルージュの資金源は、

宝石であったと言われている。

今のパイリン住民の資金源は畑作なのであろう。

州都や国境周辺の小高い山々は天辺のほうまで、

メイズやキャッサバの畑になっていた。


同じ国境の町でもポイペトと比べると、

町の規模や物流量は小さいが、

舗装を機に、

今後はより活気のある町になっていくように思われた。


(写真はパイリン中心付近の山からの風景、パイリンにあるビルマ寺の天井)


 

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プロフィール

バッタンバン長

Author:バッタンバン長
カンボジア王国バッタンバン在住、バッタンバン長です。
バッタンバンを中心に、開発援助業務、大学講師、社会調査、日系企業進出・投資のお手伝い等をやっております。
お問い合わせ等は、下のメールフォームからお願いします。

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