FC2ブログ

バッタンバンで晴読雨耕

バッタンバンを中心としたカンボジア北西部の情報ブログ-大学教育、地雷、農業、開発、投資に関する話題から ホテル、レストラン情報まで

 

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

 

水祭りのボート

バッタンバンでは10月初旬に開催されたボートレース。
11月にはプノンペンの水祭りでボートレースが行われる。

いずれのボートレースでも、
それ自体というよりは全体的なお祭り気分を味わうだけで、
あまりレース自体を観ることはなかった。

ところが先日、ある地方で訪れたボートの製作現場で、
その見事な作りに目を奪われてしまった。
舟艇の底は一本の立派な丸太をくり抜いたモノ。
脇の部分との接合には鉄製のかすがいが使われている。

Boat 1

Boat 2

船の造りについての知識は全く持ち合わせていないが、
伝統、巧の技に新たな興味を掻き立てられてしまった。
今年の水祭りにはその辺にも注目してみることにしたい。
スポンサーサイト

 

カンボジア政治の展望

アメリカ大統領選挙、イギリスのEU脱退、コロンビアの国民選挙・・・。
昨年は専門家やメディアの予想に反する政治判断が世界的に多く見られる年であった。
(2017年は大方の予想どおりとなっているが。)

プノンペンの建設ラッシュやイオンモールに集う若者、家族連れを見る限り、
カンボジア社会、経済成長は非常に安定したものであるように見えるが、
10年以上この国を観てきたウォッチャーとしては、
このところの国内政治の動きは無視出来ないレベルに達しつつあるとも感じている。

国政選挙を1年後に控え、
ここで大きな流れをまとめておきたい。

現在のカンボジアの政治状況は、
2008年、2013年の国政選挙結果を踏まえ、
今年6月のコミューン選挙、
来年7月の国政選挙を見据えた与野党の攻防という流れの中にある。

2008年の国政選挙における与党人民党の獲得票は全体の58.1%、
獲得議席数は90議席(定数123)あった。
対する最大与党サムランシー党の獲得議席は26。
内戦、UNTAC、その後の選挙の度のゴタゴタも、
今後は安定した政治体制へ移行していくのだろうと感じた者もいたように思う。

こうした流れを変えたのは、
2013年の国政選挙であった。
人民党が獲得議席を22も減らし68議席、
サムランシー党と人権党の統合による生まれたカンボジア救国党の獲得議席数は55。
与党、政権を脅かすには十分な躍進であったと言える。

Strangioが示したとおり、
野党躍進の最大の理由は若い有権者の増加であると言われている。
950万人の投票者のうち、350万人は18歳から30歳。
150万人は初めて投票権を持った若者であった。
(2008年のこちらの記事とは対象的な状況と言っていい。)

政治家や公務員の汚職・不正、土地の収奪、人権に係る問題などはあるものの、
International Republican Institute (IRI)が、
2006年から実施してきた意識調査を見ると、
国がよい方向へ向かっているという回答は2006年には60%であったのに対し、
2008年までは上昇を続け約80%となって以降、
2013年1月まではほぼ同じレベルで推移して来ていた。
この調査を見る限り、
与党が大きく議席を減らす理由は特に見当たらない。

しかし、若者の多くは野党支持に回った。
普段学生に接し、話をしている立場からすれば、
政策について議論が出来るレベルにある学生は非常に稀である。

当時の新聞記事もその点を指摘していた。
3/4の若者は「民主主義」の言葉は知っているが、その意味は分からないと回答しており、
「分かる」と回答した者の中でも「選挙」「投票」という言葉を使ってそれを説明出来た者は半分程度。
60%の回答者は政治について議論をしたことがないといい、
92%は公務員に対して意見をしたことがないという。

野党が掲げる政策によって生じうる義務(納税)や
影響(人件費高騰による外国資本の流出)等を踏まえ、
野党の政策が支持されていたとは考えにくく、
そうした若者たちが野党支持に回った背景には、
群集心理、お祭りムードが大きく影響した結果であったものと思われる。

それでは、野党支持という群集心理、お祭りムードはどのようにして生まれたのか?
これにはいくつかの仮説、説明がありえるであろう。

現状に対する不満、将来へ対する不安に対し(いつ、どの国でもあり得るだろう)、
救国党が用いた「変化」という分かりやすいスローガンは扇情的であり、
ベトナム人に対する反感を増長させるようなレトリックも有効な手段であったと考えられる。
そこに来て、
選挙直前になっての亡命中のサム・ランシー党首の恩赦、帰国。
この「凱旋帰国」がムードに更なる火を付けたことは疑う余地はないであろう。

また、他国同様、スマートフォンやFacebookの普及も大きく影響したものと思われる。
Facebookによって広がったデジタル「市民運動」を象徴する人物がティ・ソヴァンタであった。
10代の高校生ながらその容姿と反政府的なポストで、
20万人のフォロワーを持っていたとされている彼女の当時のコメントからは(厳密には選挙後)、
若者の間で蔓延していたムードを感じ取ることが出来る。

2013年の国政選挙後、同年11月に実施されたIRIの調査では、
国がよい方向へ向かっているという回答は過去最低の55%にまで低下、
逆に、悪い方向へ向かっているという回答も過去最高の43%と過去最大となった。
2014年にAsia Foundationが行った調査も同様の傾向を示している。
59%の回答者が国が悪い方向へ向かっていると答えた一方、
32%は悪い方向へ向かっていると回答している。
お祭りムードによる気分の高揚が選挙結果に反映されなかったことが、
こうした結果に影響していることは想像に難くない。

こうした事態に大きな危機感を感じたのは当然ながら与党人民党である。
選挙後のデモを鎮圧し、政権を再び確立した後には、
汚職対策といった党内の引き締めや
若者の間における支持拡大にも本格的に動き出した。

昨年も様々な動きが見られたが、
今年6月のコミューン選挙、来年の国政選挙を前に、
2017年も様々な出来事が起きつつある。

与党批判を強める政治アナリストの中には強い圧力がかかっているとされ、
国外脱出の動きも見られる。

国会では裁判において有罪となった者が党首にある場合、
その党は解党されるという法案が成立、
それに先だってサム・ランシー氏が党首を辞任、
副党首の職にあったケム・ソカー氏が新党首に就任するに至っている。

「変化」を求める若者の代表であったティ・ソヴァンタはいつの間にか人民党支持に回り、
サム・ランシー氏に対し名誉棄損の訴えを起こすに至った。
経緯は当然不明ながら、
救国党からは人民党による引き抜きであるとこれを批判している。

政治家のFacebookアカウントに対する「like」の数を巡る論争に見られる通り、
いまだ市民レベルでは建設的な政治議論が行われるレベルに達したとは言い難い状況。
来年の選挙に向けては、
やはりどのような「ムード」が醸成されるのかがポイントになると思われる。

カンボジアウォッチャーの1人としては、
カンボジアの人々が自ら判断し、
よい社会づくりが進むことだけを期待するしかないのだが、
不安要素が蓄積しつつあるのも現実。
まずは来月のコミューン選挙に注目である。

 

Sky Luck Restaurant

スクンと言えばプノンペンの北、
コンポンチャムやクラチェ、ラタナキリに向かう人々と、
シェムリアップへ向かう人々が分かれる交通の要所である。
国道沿いに並ぶレストラン、屋台にはタランチュラの素揚げが名産品として並び、
タランチュラモニュメントまである蜘蛛押しの町でもある。

そんな中、
新規戦略を推し進めるTPPのベンダーの1つに、
どことなく見覚えのある看板を見つけ、
つい引き寄せられてしまった。
「Sky Luck」という名前にこの鳥のロゴ・・・。

Sky Luck 1

Sky Luck 2

ああ!
以前、ポイぺトの隣、タイ側にあるアランヤプラテートのモールでも
観たことがある店だ。
いや!
それどころか、
これはどう考えても「すかいらーく」だろう!

そう思い、
ネットで検索をかけて見たところ、
以前すかいらーくはタイへ進出していたのだが、
撤退することになりそれを引き継いだのがこの「Sky Luck」らしい。
鳥のロゴも若干だが変更になっているそうだ。
「Since 1991」はタイ進出の年であろうか。

Sky Luck 5

本物ではないがパクリでもない。
その微妙なラインの上にあるSky Luck。
紆余曲折を経つつも、
カンボジアの田舎にまでもその事業を展開するまで成長しているようだ。

メニューはタイのすかいらーく時代の名残か、
和風テイストの品々が並ぶ。
せっかくなので注文してみたKorean Beefもそこそこの味。
スクンという土地柄を考えればファストフード的なものが食べられるのは、
むしろありがたい話であろう。

Sky Luck 3

Sky Luck 4

カンボジアの田舎で会った日本出身のSky Luckと番長。
友だちではないが、
同じクラスにはいた2人。
(「ガスト」にはお世話になったが「すかいらーく」に行った記憶はない。)
そんな2人が別の町で偶然再会したような不思議な出来事であった。

 

2016年のコメ輸出量と縫製工場の撤退?

2017年のカンボジア経済を占う上で、
興味深いデータを見つけた。
いずれもカンボジア経済にとっては重要な位置を占めるコメと縫製に関わる統計だ。

まず、コメについてだが、
2016年の精米輸出量が54.2万トンであったそうだ。
2015年の53.8万トンからは0.7%の伸び、
ほぼ横ばいである。
(2014年は38.7万トン。)

2015年までに100万トンという政府目標は結局達成されず、
今でもその半分というが現状である。
政府はコメの増産、収穫能力の強化、精米量の増加、輸出のためのマーケティングに力を入れて来たというが、
十分な効果がなかったことを認めつつある。
地方の村レベルで見れば、
政府の努力が感じられないのが実情であろう。

稲作、精米業界の問題は何度か書いてきたとおりだが、
2017年も大きな挑戦の年となりそうだ。

縫製に関する統計は、
工場の閉鎖が増えつつあるというものだ。
政府発表によると約1,000ある国内の工場のうち、
2016年、141の工場が閉鎖したといい、
2015年の倍近い数になったそうだ。

政府は昨年1年間で149の工場が新にオープンし、
全体の数としてはむしろ増えているため、
不安視する声を否定しているが、
気になる数字である。

業界団体のGMACは、
全体の生産量は20~30%低下しているといい、
政治不安、労使問題、競争力の低下が撤退の背景にあると指摘している。
上がり続ける労賃も影響しており、
今後この傾向は強まると考えるのがロジカルであろう。

さて、来年の今頃はどんな数字を見ることになるのだろうか。

 

中国の対カンボジア戦略

中国の対カンボジア支援についてまとめてみたい。

歴史的な経緯を見れば、
中国はポル・ポト派を支援しており、
これと対立していた現政権との関係は決して良好ではなかったはずである。
在カンボジア中国大使館のウェブサイト(中国語版)にある過去の外交イベントを見ていくと、
やはり2000年代後半から活発な動きが確認出来る。

2006年: 温家宝総理訪カ、「全面パートナー関係」成立
2008年: 国交50周年「中カ友好年」
2009年: フン・セン首相訪中、習近平副主席訪カ
2010年: フン・セン首相訪中(上海万博開幕式出席と合わせ計3回?)、「全面戦略パートナー関係」成立、 
 呉邦国全人大委員長訪カ
2012年: 胡錦涛国家主席訪カ、フン・セン首相訪中(2回)、王毅外務大臣訪カ
2014年: フン・セン首相訪中

これらのうちで重要なターニングポイントになったのは、
2009年の習近平副主席訪カではないだろうか。
1992年から2009年までの17年間の中国の支援額累計は9.3億米ドルであったのに対し、
副主席の訪カ中、中国は12億米ドルの支援を表明している。

2010年、呉邦国全人代委員長の訪カの際には、
2015年までの5年間に16億米ドルの支援を表明。
この年に全面的戦略パートナー関係に入ったとされている。

先の習金平国家主席の訪問と支援表明はこうした流れの中で行われたものであることが分かる。

また、中国の対カンボジア支援を考える上では、
同国の外交戦略についても理解が必要と思われる。
中国がどこに国益を見てカンボジア支援を実施しているかを考えるということである。

やはり在カンボジア中国大使館のウェブサイトを見ると、
「一帯一路」というバナーが見える。
「一帯」とは中国からヨーロッパに向けて広がる「丝绸之路经济带(シルクロード経済ベルト)」の略で、
「一路」とは中国から東南アジア、インド、中東、アフリカへと繋がる「21世纪海上丝绸之路(21世紀海上シルクロード)」の略である。
同バナーからのリンクを読むと、
2013年9月~10月に習近平国家主席が提唱したもので、
インフラ整備、貿易促進等を通じ巨大な経済圏を作る構想であるとされている。

「一帯一路」の原則とは以下とのこと。
1.国連憲章の目的と原則の順守
2.開放的な協力
3.協調と寛容
4.市場ルール
5.Win-winの関係

当然ながら、
カンボジアは後者「一路」に含まれており、
対カンボジア支援もこの文脈において理解されるべきものであろう。
経済圏構想とは聞こえはいいが、
Win-winの理念がどの程度実現されうるものかはやはり大きな懸念である。

(追記)
在カンボジア中国大使館のウェブサイト(中国語版)上、
「一帯一路」の上には「南海問題(南シナ海問題)」とあり、
中国の領土問題に関する主張もしっかりとなされており、
これが如何に重要視されているかがうかがえる。

 

« »

10 2018
SUN MON TUE WED THU FRI SAT
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -
プロフィール

バッタンバン長

Author:バッタンバン長
カンボジア王国バッタンバン在住、バッタンバン長です。
バッタンバンを中心に、開発援助業務、大学講師、社会調査、日系企業進出・投資のお手伝い等をやっております。
お問い合わせ等は、下のメールフォームからお願いします。

記事の検索
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

ブロとも申請フォーム
QRコード
QR

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。