FC2ブログ

バッタンバンで晴読雨耕

バッタンバンを中心としたカンボジア北西部の情報ブログ-大学教育、地雷、農業、開発、投資に関する話題から ホテル、レストラン情報まで

 

カンボジアに対する中国の影響

SHV2019-2.jpg

2015年頃から気になり出したカンボジアに対する中国の影響。経済、社会分野での影響を中心に、報道や統計、これまで見聞き、体験したこと等をまとめてみようと思う。
(金額等は元データや為替によって若干の上下があるため、あくまでご参考まで。)

まずは、とにかく目立つようになった中国人の数について。2019年にカンボジアを訪れた中国人の数は約240万人になると予想されている。今年10月までの統計では約200万人、月平均にして約20万人である。この数字は外国人渡航者全体の約4割弱を占め、国別では1位、2位のベトナム(約70万人/年)に3倍近い差をつける程圧倒的なものだ。(日本は約20万人/年で中国の約1/12。)9月までにカンボジアを訪れた外国人の数は前年比10%増であり、ここにも中国人旅行者増加の影響が見て取れる。

中国人旅行者はいつから増え始めたのだろうか?10年前、2009年の統計では約12.8万人、2年前の2017年には約120万人であった。10年で20倍、2年で2倍等、色々な表現が出来そうだが、やはりここ数年大きく動いて来たことが見て取れる。

上述のとおり、カンボジアを訪れる外国人旅行者の全体数も増えているが、アンコール遺跡を訪れる外国人の数は逆に減っているという。2019年11月現在、昨年比14%減だ。カンボジア観光の目玉がアンコールワットであることを考えれば、非常に奇妙な現象である。

この一番大きな理由は、中国人渡航者の行動パターンの変化にあると考えられている。具体的には渡航目的と渡航先の変化である。渡航目的の変化は発給されたビザの種類に表れている。2018年に中国人向けに発給された観光ビザの数は約158万、商用ビザは約44万と約3:1の割合だ。2019年は、10月までに観光が約100万、商用が約94万と商用が観光に肩を並べるまで増加している。商用渡航者は遺跡観光には行かないという説が成り立つだろう。

渡航先の変化にも、やはり遺跡の町シェムリアップからのシフトが見て取れる。新たな渡航先として、シハヌークビルが人気を増して来ており、シェムリアップ空港に到着する旅客数全体も減少しているのである。後述のとおり、シハヌークビルは「リトルチャイナ」というより、中国そのものと呼んでもよさそうな程に変わってしまっている。

次に在住者数を見てみよう。ある報道によれば、その数は約25万人であり、在留外国人全体の約6割を占めているとのこと。歴史的に見れば、隣国ベトナムからの流入が多かったはずだが、いつの間にか中国人が過半数を占めるようになっている。イオンが出店し、増えたと言われる日本人の在住者数がその約1/70、約3,500人であることを考えれば、中国人の数字がどれだけすごいかが分かる。(中国大使館や中国版ウィキペディアの百科等では、「在留中国人」の数ではなく「華僑華人」の数として100万人という数字を示しているが、ここは定義の違いである。)

約25万人のうち、その多くはシハヌークビル、プノンペンに集中していると考えられ、シハヌークビルではビジネスの9割以上を中国資本が抑えるまでに至っている。156のホテルのうち150、62のカジノのうち48、436のレストランの95%が中国資本という内訳だ。人口約16万人のビーチタウン/港町に、その半数に当たる約8万人の中国人が新たに住み着き、ほとんどの商売を牛耳るようになったという衝撃的な話だ。信じがたい気もするが、現地における個人的な経験からも、この数字はそれなりに頷けるものである。

(追記:年が明けての新聞報道では、2019年6月現在、国内にあったカジノの数は163。これが規制により、2019年末現在で136に現状し、この8割が閉鎖すると言われている。また、この規制により、45万人の中国人が出国したとの報道もあった。在住者が25万人であったならが、45万人の出国者では算数が合わないが、32万人の在住者も受け入れたということなので、25万+32万-45万=12万ということか。)

SHV2019-1.jpg

中国のカンボジアに対する援助や投資、2国間の貿易はどのようなものだろうか?渡航者数同様、対カンボジアの援助についても、日本が中国を上回っていたのは過去の話で、この分野でも中国は大きな存在感を示している。2015年の時点で、援助額は国別1位となっており、全体で約10億ドルの援助額のうち20~30%を占めるに至っている。今年の初めにも、北京においてフン・セン首相と会談した習近平主席は、2019-2021年の3年間に40億元(約5.8億ドル)の支援を表明し、継続な支援が続けられている。他の援助国よりも、安価な商品や労働力を有し、民主的なプロセスも不要なため、同じ金額であってもより大量の品、サービスが、より迅速に提供されるといのも中国援助の特徴である。また、軍や警察といった組織に対する援助にも規制がない(ように見える)のも他国にはない点だ。シハヌークビルに建設中の港に至っては、軍港ではないかとの噂(?)がメディアを賑わせていた。

商用渡航者の増加からも推測出来るとおり、投資分野ではより大きな存在である。2012年から2016年まで、年間30~50億ドルの投資のうち、中国は2割程度を占めており、2019年上期52億ドルの投資うち、25.4%が中国資本とのことだ。68.4%がローカル資本とのことなので、実質上カンボジア、中国の2国が占有している状況である(ローカル資本は当たり前だが)。1994年から2017年までの中国からの投資額の合計は126億ドルとのこと。中国投資が向かう先はシハヌークビルの他、プノンペンやシェムリアップ、やはりカジノのあるポイぺトやバベットで、分野はホテルや娯楽施設(カジノ、スパ)、レストラン、商業施設、コンドミニアムである。土地付き物件の取得の場合、外国人、或いは外国人が主たるオーナーである企業では不可のため、通常カンボジア人のパートナーを見つけることになるが、中国人の場合、自らがカンボジア国籍を取得し、オーナーになるケースも少なくないようだ。

(追記:年が明けての新聞報道では、2019年の海外直接投資の金額は前年比11.7%増の35.88億ドルで, 内訳は順に中国(43%),韓国 (11 per cent)、ベトナム(7%)、 日本、シンガポール(それぞれ6%)、その他(27%)とのこと。後述の理由でその他の内訳が気になる。記事のソースは国立銀行の報告書。見てみよう。)

カンボジアの貿易額は200億ドルを超えるレベルにあり、2016年の統計では輸入額が120億ドル、輸出額が100億ドルであった。中国は輸出先として上位には来ないものの、輸入元としてはトップであり、120億ドルの36.8%、46億ドル程を占めている。両国の貿易額は2016年が48億ドル、2017年が58億ドル、2018年は74億ドルで、この内訳は輸入額60億ドル、輸出額14億ドルである。輸出相手としては、アメリカやヨーロッパ諸国が上位に並んでいるが、EUは政治的な理由からEBA(Everything but arms/武器を除く全て)を対象とした関税特恵制度の撤廃も示唆しており、中国が存在感を増す可能性も小さくはない。

以上の点にウィキペディア、CIAファクトブック等から数字も加え、大雑把にまとめてみよう。

カンボジアの人口は約1,600万人。60万人強の外国人が住み、そのうち25万人が中国人。1 年に約600万人の外国人が訪れ、そのうち200万人以上が中国人である。
カンボジアのGDPは244億ドル。 GDPは76%の個人消費、5.4%の政府支出、23%の投資、-4.4%の貿易収支から成る。貿易では114億ドル分を輸出、144億ドル分を輸入。輸入の4割弱が中国から。国家予算44億ドルに対し被援助額が10億ドル。被援助額の2~3割が中国から。

比較のため、日本の統計もまとめてみよう。

日本の人口は約1.2億人。270万人強の外国人が住み、そのうち76万人が中国人。1年に約3,100万人の外国人が訪れ、そのうち800万人以上が中国人である。
日本のGDPは5.15兆ドル。GDPは55%の個人消費、19.6%の政府支出、24%の投資、0.9%の貿易収支から成る。貿易では6,890億ドルを輸出、6,450億ドルを輸入。輸出先の2割弱、輸入元の25%程度が中国。国家予算は2兆ドル前後。
(これをカンボジアのスケールで考えると、1.2億人の人口に、450万人の外国人が済、そのうち188万人が中国人。1年に4,500万人の外国人が訪れ、そのうち1,500万人が中国人。)

SHV2019-3.jpg

なんとなくの全体像が見えたところで、補足的な統計データやニュースを引きながら、更に深層の真相に迫ってみよう。

まず、受け入れ側のベースとなる部分、華僑華人についてだ。中国系のメディアはこれをまとめて100万人としている。個人的な経験からも(市場では中国語での会話が多い)、特に都市部、金融業や商業には中華系カンボジア人が圧倒的に多いと考えている。国内各地に点在する中華学校では、2013年時点で約3万人が学んでいるとされていた。孔子学院を通じた援助もあり、現在この数は増えていると思われる。それだけの中華系住民、中国語話者がいるのだから、中国人、中国企業をスムーズに受け入れる素地はあるのである。

今年、話題となったニュースの1つは中国人の「エクソダス」(大脱出)である。上述のとおり、大量の中国人が押し寄せた一方、8月18日にカンボジア政府がオンラインカジノに対する規制が発表した直後、9月には10万とも15万とも言われる中国人が出国をしたと報じられている。シハヌークビルを筆頭に国内には数多くのカジノがあるが、客はこの国を訪れる観光客だけではなく、オンラインでのサービスも大規模に展開されており、違法営業も数多あるとの話もある。加えて、カジノを通じた資金洗浄やVOIP詐欺といった犯罪も横行しており、中国政府、カンボジア政府が協力し規制強化に乗り出したというのが実情のようだ。具体的な数字はともかく、プノンペン市内某所で夜逃げのような格好で引っ越しを行う中国人グループ(30~40名程度)を目撃したこともあり、こちらの報道についてもそれなりに納得ではある。(在住者25万人からこれらの数字を単純に引いて考えてよいのかは不明だ。)

こうした流れの中、カンボジアにおいて拘束、中国へ強制帰国させられる中国人の数も急増しているようだ。今年9月、中国の28省にまたがる計10,000人から1,400万ドル(約15億円)を騙し取ったとして、150人程の中国人が拘束されたと報道された。11 月には、シハヌークビルをベースにした国際的組織に対し、各国の警察組織が連携して動き、関係者の逮捕に至ったという報道があった。こちらの被害額は43億ドル(30億人民元/4,730億円)。別の報道では、今年カンボジアで逮捕、拘束された中国人の数は1,000名を超えたとされている。

Chinese Civilization

さて、こうした中国の動きの背景には、如何なる状況があるのだろうか?端的に、中国の進出の理由とは何であろうか?また、カンボジアがこれを受け入れるインセンティブとは何であろうか?

進出する側の中国を考える場合、やはり習近平国家主席のリーダーシップ、特に「一帯一路」に代表される積極的な外交政策が第一に挙げられる。これは新たな経済圏の構想・試みであるが、その背景には、2013年の国家主席就任におけるスピーチのキーフレーズ「中国の夢」という考えがある。2010年、中国でベストセラーとなった書籍のタイトルでもある「中国の夢」(劉明福・著者)は、同書によれば「中華民族の偉大な復興」を意味し、国際政治の分野で言えば、中国が世界のリーダーになることを意味する。「一帯一路」はそのための外交戦略と位置付けられる。アフリカや南アジアの国で行われているように、当地においても中国援助が空港や港といったインフラに向かうのはこの流れによるものだろう。他方、カンボジアからすれば、欧米による民主化のための支援であろうが、中国の「一帯一路」であろうが、経済大国の協力を得て、自国の成長を進めようというのは当然の選択である。ここで両者の思惑は一致するのである。

「中国の夢」や「一帯一路」に基づく中国の積極外交、これを利用した成長戦略を取るカンボジア政府という構図は明確だ。しかし、これだけで全ての事象を説明するのには無理があるのも事実だろう。中国の経済成長により観光客が増えること、政府が主導し、積極的な援助や対カンボジアの輸出が増えることは説明がつくが、投資についてはシハヌークビルである、カジノである。リゾート開発と言えば聞こえはいいが、要は賭博だ。しかも、それに付随するような犯罪が増えていることは、夢を語る世界のリーダーの姿としては疑問符が付くものだ。渡航者や在住者がこれだけ増えたのだから、中には悪い者もいるという確率論で説明のつく話でもない。組織的に、計画的に犯罪行為を行うために渡航、滞在している集団がいるのである。かつてこの地を占領したフランスも、自国出身のゴロツキに悩まされたという話が思い出される。

さて。ここからは推測も交えた話になる。中国経済のバブル崩壊、土地ころがし経済の終焉の噂はあちこちから聞こえて来ており、中国経済の成長は止まったという説も出回っている。キャピタルフライトやら資金洗浄の報道も絶えない。先行きが不透明な中国で、資産を人民元で保有しておくというのは確かにリスクが大きい。カンボジアは小国ながら米ドル経済で、資産保有をする場としては悪くない。経済成長の伸びしろも中国より大きい。かと言って、自由経済ではないため、資産を簡単に海外に移すことも出来ない。

2019年上半期にカンボジアに投じられた52億ドルの投資について戻ってみよう。既述のとおり、52億ドルのほとんどはカンボジア(68.4%)、中国(25.4%)からの投資であった。それらに続く国は、イギリス領ヴァージン諸島、タイ、イギリスである。タイ、イギリスはともかく、第3位がカリブの人口3万人の島とは?投資額は150百万ドル、日本円にして160億円に上る。中国からの投資はODIと呼ばれる正式な手続きによるもので、諸島からの投資はただの抜け道で元々の資金は中国ということはないだろうか?今年に入り、カンボジアは資金洗浄に係るグレーリスト国に再び戻されている。

これからのカンボジアに対する中国の影響を予想するのは非常に難しい。1つのポイントは、中国経済の先行きによるであろう。目下、米中対立真っ只中。そうでなくとも経済成長に陰りが見える中、この大国は今後どう立ち振る舞っていくのであろうか。経済規模の差から、中国が躓けば、こちらが大けがを負う可能性もある。逆に、沈む船からネズミが一気に逃げ出し、この地を目指して逃げ出して来ることもあり得る。今後を占うためには、中国を含めた大国の動きからは目が離せないということだ。
スポンサーサイト



 

水祭りのボート

バッタンバンでは10月初旬に開催されたボートレース。
11月にはプノンペンの水祭りでボートレースが行われる。

いずれのボートレースでも、
それ自体というよりは全体的なお祭り気分を味わうだけで、
あまりレース自体を観ることはなかった。

ところが先日、ある地方で訪れたボートの製作現場で、
その見事な作りに目を奪われてしまった。
舟艇の底は一本の立派な丸太をくり抜いたモノ。
脇の部分との接合には鉄製のかすがいが使われている。

Boat 1

Boat 2

船の造りについての知識は全く持ち合わせていないが、
伝統、巧の技に新たな興味を掻き立てられてしまった。
今年の水祭りにはその辺にも注目してみることにしたい。

 

カンボジア政治の展望

アメリカ大統領選挙、イギリスのEU脱退、コロンビアの国民選挙・・・。
昨年は専門家やメディアの予想に反する政治判断が世界的に多く見られる年であった。
(2017年は大方の予想どおりとなっているが。)

プノンペンの建設ラッシュやイオンモールに集う若者、家族連れを見る限り、
カンボジア社会、経済成長は非常に安定したものであるように見えるが、
10年以上この国を観てきたウォッチャーとしては、
このところの国内政治の動きは無視出来ないレベルに達しつつあるとも感じている。

国政選挙を1年後に控え、
ここで大きな流れをまとめておきたい。

現在のカンボジアの政治状況は、
2008年、2013年の国政選挙結果を踏まえ、
今年6月のコミューン選挙、
来年7月の国政選挙を見据えた与野党の攻防という流れの中にある。

2008年の国政選挙における与党人民党の獲得票は全体の58.1%、
獲得議席数は90議席(定数123)あった。
対する最大与党サムランシー党の獲得議席は26。
内戦、UNTAC、その後の選挙の度のゴタゴタも、
今後は安定した政治体制へ移行していくのだろうと感じた者もいたように思う。

こうした流れを変えたのは、
2013年の国政選挙であった。
人民党が獲得議席を22も減らし68議席、
サムランシー党と人権党の統合による生まれたカンボジア救国党の獲得議席数は55。
与党、政権を脅かすには十分な躍進であったと言える。

Strangioが示したとおり、
野党躍進の最大の理由は若い有権者の増加であると言われている。
950万人の投票者のうち、350万人は18歳から30歳。
150万人は初めて投票権を持った若者であった。
(2008年のこちらの記事とは対象的な状況と言っていい。)

政治家や公務員の汚職・不正、土地の収奪、人権に係る問題などはあるものの、
International Republican Institute (IRI)が、
2006年から実施してきた意識調査を見ると、
国がよい方向へ向かっているという回答は2006年には60%であったのに対し、
2008年までは上昇を続け約80%となって以降、
2013年1月まではほぼ同じレベルで推移して来ていた。
この調査を見る限り、
与党が大きく議席を減らす理由は特に見当たらない。

しかし、若者の多くは野党支持に回った。
普段学生に接し、話をしている立場からすれば、
政策について議論が出来るレベルにある学生は非常に稀である。

当時の新聞記事もその点を指摘していた。
3/4の若者は「民主主義」の言葉は知っているが、その意味は分からないと回答しており、
「分かる」と回答した者の中でも「選挙」「投票」という言葉を使ってそれを説明出来た者は半分程度。
60%の回答者は政治について議論をしたことがないといい、
92%は公務員に対して意見をしたことがないという。

野党が掲げる政策によって生じうる義務(納税)や
影響(人件費高騰による外国資本の流出)等を踏まえ、
野党の政策が支持されていたとは考えにくく、
そうした若者たちが野党支持に回った背景には、
群集心理、お祭りムードが大きく影響した結果であったものと思われる。

それでは、野党支持という群集心理、お祭りムードはどのようにして生まれたのか?
これにはいくつかの仮説、説明がありえるであろう。

現状に対する不満、将来へ対する不安に対し(いつ、どの国でもあり得るだろう)、
救国党が用いた「変化」という分かりやすいスローガンは扇情的であり、
ベトナム人に対する反感を増長させるようなレトリックも有効な手段であったと考えられる。
そこに来て、
選挙直前になっての亡命中のサム・ランシー党首の恩赦、帰国。
この「凱旋帰国」がムードに更なる火を付けたことは疑う余地はないであろう。

また、他国同様、スマートフォンやFacebookの普及も大きく影響したものと思われる。
Facebookによって広がったデジタル「市民運動」を象徴する人物がティ・ソヴァンタであった。
10代の高校生ながらその容姿と反政府的なポストで、
20万人のフォロワーを持っていたとされている彼女の当時のコメントからは(厳密には選挙後)、
若者の間で蔓延していたムードを感じ取ることが出来る。

2013年の国政選挙後、同年11月に実施されたIRIの調査では、
国がよい方向へ向かっているという回答は過去最低の55%にまで低下、
逆に、悪い方向へ向かっているという回答も過去最高の43%と過去最大となった。
2014年にAsia Foundationが行った調査も同様の傾向を示している。
59%の回答者が国が悪い方向へ向かっていると答えた一方、
32%は悪い方向へ向かっていると回答している。
お祭りムードによる気分の高揚が選挙結果に反映されなかったことが、
こうした結果に影響していることは想像に難くない。

こうした事態に大きな危機感を感じたのは当然ながら与党人民党である。
選挙後のデモを鎮圧し、政権を再び確立した後には、
汚職対策といった党内の引き締めや
若者の間における支持拡大にも本格的に動き出した。

昨年も様々な動きが見られたが、
今年6月のコミューン選挙、来年の国政選挙を前に、
2017年も様々な出来事が起きつつある。

与党批判を強める政治アナリストの中には強い圧力がかかっているとされ、
国外脱出の動きも見られる。

国会では裁判において有罪となった者が党首にある場合、
その党は解党されるという法案が成立、
それに先だってサム・ランシー氏が党首を辞任、
副党首の職にあったケム・ソカー氏が新党首に就任するに至っている。

「変化」を求める若者の代表であったティ・ソヴァンタはいつの間にか人民党支持に回り、
サム・ランシー氏に対し名誉棄損の訴えを起こすに至った。
経緯は当然不明ながら、
救国党からは人民党による引き抜きであるとこれを批判している。

政治家のFacebookアカウントに対する「like」の数を巡る論争に見られる通り、
いまだ市民レベルでは建設的な政治議論が行われるレベルに達したとは言い難い状況。
来年の選挙に向けては、
やはりどのような「ムード」が醸成されるのかがポイントになると思われる。

カンボジアウォッチャーの1人としては、
カンボジアの人々が自ら判断し、
よい社会づくりが進むことだけを期待するしかないのだが、
不安要素が蓄積しつつあるのも現実。
まずは来月のコミューン選挙に注目である。

 

Sky Luck Restaurant

スクンと言えばプノンペンの北、
コンポンチャムやクラチェ、ラタナキリに向かう人々と、
シェムリアップへ向かう人々が分かれる交通の要所である。
国道沿いに並ぶレストラン、屋台にはタランチュラの素揚げが名産品として並び、
タランチュラモニュメントまである蜘蛛押しの町でもある。

そんな中、
新規戦略を推し進めるTPPのベンダーの1つに、
どことなく見覚えのある看板を見つけ、
つい引き寄せられてしまった。
「Sky Luck」という名前にこの鳥のロゴ・・・。

Sky Luck 1

Sky Luck 2

ああ!
以前、ポイぺトの隣、タイ側にあるアランヤプラテートのモールでも
観たことがある店だ。
いや!
それどころか、
これはどう考えても「すかいらーく」だろう!

そう思い、
ネットで検索をかけて見たところ、
以前すかいらーくはタイへ進出していたのだが、
撤退することになりそれを引き継いだのがこの「Sky Luck」らしい。
鳥のロゴも若干だが変更になっているそうだ。
「Since 1991」はタイ進出の年であろうか。

Sky Luck 5

本物ではないがパクリでもない。
その微妙なラインの上にあるSky Luck。
紆余曲折を経つつも、
カンボジアの田舎にまでもその事業を展開するまで成長しているようだ。

メニューはタイのすかいらーく時代の名残か、
和風テイストの品々が並ぶ。
せっかくなので注文してみたKorean Beefもそこそこの味。
スクンという土地柄を考えればファストフード的なものが食べられるのは、
むしろありがたい話であろう。

Sky Luck 3

Sky Luck 4

カンボジアの田舎で会った日本出身のSky Luckと番長。
友だちではないが、
同じクラスにはいた2人。
(「ガスト」にはお世話になったが「すかいらーく」に行った記憶はない。)
そんな2人が別の町で偶然再会したような不思議な出来事であった。

 

2016年のコメ輸出量と縫製工場の撤退?

2017年のカンボジア経済を占う上で、
興味深いデータを見つけた。
いずれもカンボジア経済にとっては重要な位置を占めるコメと縫製に関わる統計だ。

まず、コメについてだが、
2016年の精米輸出量が54.2万トンであったそうだ。
2015年の53.8万トンからは0.7%の伸び、
ほぼ横ばいである。
(2014年は38.7万トン。)

2015年までに100万トンという政府目標は結局達成されず、
今でもその半分というが現状である。
政府はコメの増産、収穫能力の強化、精米量の増加、輸出のためのマーケティングに力を入れて来たというが、
十分な効果がなかったことを認めつつある。
地方の村レベルで見れば、
政府の努力が感じられないのが実情であろう。

稲作、精米業界の問題は何度か書いてきたとおりだが、
2017年も大きな挑戦の年となりそうだ。

縫製に関する統計は、
工場の閉鎖が増えつつあるというものだ。
政府発表によると約1,000ある国内の工場のうち、
2016年、141の工場が閉鎖したといい、
2015年の倍近い数になったそうだ。

政府は昨年1年間で149の工場が新にオープンし、
全体の数としてはむしろ増えているため、
不安視する声を否定しているが、
気になる数字である。

業界団体のGMACは、
全体の生産量は20~30%低下しているといい、
政治不安、労使問題、競争力の低下が撤退の背景にあると指摘している。
上がり続ける労賃も影響しており、
今後この傾向は強まると考えるのがロジカルであろう。

さて、来年の今頃はどんな数字を見ることになるのだろうか。

 

« »

01 2020
SUN MON TUE WED THU FRI SAT
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -
プロフィール

バッタンバン長

Author:バッタンバン長
カンボジア王国バッタンバン在住、バッタンバン長です。
バッタンバンを中心に、開発援助業務、大学講師、社会調査、日系企業進出・投資のお手伝い等をやっております。
お問い合わせ等は、下のメールフォームからお願いします。

記事の検索
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

ブロとも申請フォーム
QRコード
QR